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今日はおやすみ

 とうとう迎えた日曜日。案の定、俺はテスト前にも関わらず早朝から外にいる。朝4時に鬼のような電話の連続で叩き起こされ、家から引きずり出された後は始発の電車に揺られ、そして今は長蛇の列の一部と化している。  そんな俺の隣に立つ由比はさっきからずっとスマホに夢中で、お目当てのグッズの状況を、これでもかと逐一報告してくるけれど。 「興味ねぇんだけど」  この一言に尽きる。  由比が自分の嫁だと主張している伊達政子は、なかなかの倍率で手に入りにくいらしく、ご当地キーホルダーマニアの俺としては多少は協力してやりたいと思う。されど所詮は他人事。それは俺自身に迷惑がかからない範囲での話であって、今の状況は大変に遺憾だ。  今の状況っていうのは具体的に、由比が用意してくれた『戦闘服』らしきTシャツを着せられていることで。中に長袖のインナーを重ね着しているのはいいけれど、その戦闘服に書かれた文字が気に食わない。  由比の胸元には嫁の伊達政子のイラストがあり、背中には政子命と痛々しさを隠そうともしない宣言が。そして由比と柄違いの俺の物には……。 「由比。俺にこれを着せるって、嫌がらせ以外の何でもないと思うんだけど?」  俺の胸元には同じく『ぶしょラバ』のキャラで、武将中で1番のドジっ子である豊臣秀吉が描かれている。もちろん教科書で見る禿げたオジサンではなく、ボンキュッボンの色っぽいながらも愛らしいお姉さんの秀吉が、だ。 「何言ってんだよ。柳が着るなら、秀吉一択に決まってるだろ」 「それはアレか?俺の名前が読めないけど『ひでよし』だからか?」 「他に理由があるとでも?」  自分の名前を好きだと思ったことはないけれど、今日ほど嫌だと思ったことはない。  未伊と書いてひでよしと読む名前。帰ったら、この名づけをした父さんを1発殴ってやろうと思う。 「はあ。別に俺は普通の格好でいいのに」 「駄目駄目。ここは戦場なんだから、推しはきっちり主張しないと!」 「全く推してねぇよ。どこに自分の名前をTシャツのデザインにして、それに命って付けるバカがいるんだ」 「ひでよしはひでよしでも、柳とは別物だから。平凡と一緒にしないでくれ」  そのオシャレ眼鏡をかち割って、ケツを蹴り潰してやろうか。それとも、ここに並ぶ前にコンビニで買ったコーラを、伊達政子にぶっかけてやろうか。  どれを実行しても面倒臭い未来が待っているだろうから、頭の中でシュミレーションするだけに留める。妄想である程度満足していると、徐々に列が進んで、なんとかお目当ての物をゲットできた。  それからはスムーズで、最終的に由比の手元には10人もの伊達政子がきた。  お駄賃代わりにと渡された豊臣秀吉のストラップを鞄に突っ込み、この後どうするか訊ねる為に由比を見れば、オタク仲間と話に華を咲かせているではないか。 「なあ由比、俺もう帰っていい?」  話に夢中な由比からは返事がこない。けれど、その手がひらひらと揺れているから、帰りたければ勝手にしろってことだろう。長年の付き合いで、この扱いにはもう慣れっこだ。由比は『ぶしょラバ』が関われば我を忘れることぐらい想定内だ。  俺はそっとその場から離れ、駅へと向かう。会場に居た時は気にならなかったオタクTシャツも、イベントから離れれば離れるほど浮いて見える。  例えば、もしこれを着ているのが尋音先輩だったら、ちょっと変わったイケメンって言われそう。香西なら顔が怖すぎて、誰も何も言わないだろう。きっと俺が着ているからオタクに見えるのであって、先輩達だったら罰ゲームか何かに思われて終了だ。 「はあ……世の中は不公平だ」  胸のモヤモヤと恥ずかしいTシャツを隠すように、ぎゅっと胸元を握りしめる。それだけじゃ足りなくて前屈みになると、強く降り注ぐ太陽の光を遮るよう、頭の上に何かが触れた。  白い蝶々が俺を日差しから隠す。 「車だけじゃなく、太陽にも酔うの?」

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