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王司 雅也

  「……おう、じ、くん」 「嬉しいなぁ、俺の名前知ってたの?」  そりゃ知ってるわ。あんたは有名人。それだけだからな。あとイケメンなんだよ。俺の周りイケメンが多くてソワソワするんだよ。  ようは居心地が悪過ぎんだよ! 「え、っと、なんですか?」  同い年とはいえなぜだか敬語になってしまう……聞きたい事が山ほどあるのに。言いたい文句が、山ほどあるのに。 「ふふっ、まずは手始めに」  なんだかゾッとするような笑みに俺は目を泳がせる。  様子見してそうで、していない王司はさらに続ける。 「挨拶からどうかな?」  流れるように右手を伸ばした王司。これは握手の要求だろうか……そこまではよかった。  そこまでなら、ホモが多いこの学校も、外で会う時にまるで社会人かのようにお互いを知る握手なんて常識範囲なんだから。  よかったんだけど……あるものに俺は目がいってしまった。出来れば見たくはなかったのだが、これはしかたなかろう……。  王司の両手首には手錠らしきものがはめてあったのだ。 「改めて、俺は王司 雅也です。今日から同室者だよ、よろしくね」 「……へ」  平三より爽やか過ぎる笑顔でアイサツをしてきた王司。  手錠なんて、目もくれず。 ――なんとも言えないこの場……。  どこかがおかしい、テーブルを挟んでお互い向き合う対面式で正座。ビクつく俺に対して手錠らしきものを――いやもう手錠だ、アレは手錠だ――はめたまま笑顔の王司。  テーブルに手を置いてるが、あれはツッコんでほしいんだろうか……まぁ俺はツッコまないけど。なんかめんどくさそうだし……。  あー、ダメだ。テンションが落ち過ぎてもうダメだ。父さん母さん、俺はダメだ。学校全体として有名な男がいろいろとダメ過ぎて俺がダメになってきたよ。 「あー、なんだ……俺は中沢 智志です」 「あぁ、知ってる」  だよな。さっき俺の名前、名字から下の名前を呼んでたもんな。  しかしなぜあの時、名字から名前呼びに言い直したんだ……そのせいでこいつがちゃんと俺の存在を知っていた――なんて二重の驚きがあったんだけど。 「さっき、同室者って……」  いまだに俯き加減でいる俺は聞こえるか聞こえないかぐらいの声量でぶつけてみた。  人と接したくないせいか、それとも単なる人見知りのせいか。  平三をはじめ、慣れてる相手なら口悪くいける俺も有名人である王司相手は無理みたいだ。というか俺だけじゃなくてほとんどの奴等が無理な気がする。  こいつとちゃんと対等に話せるのは誰だろうな……。 「うん、松村君が出たって聞いたからね。今日から俺と、智志君がこの部屋で暮らすことになったよ」 「……」  全く聞かされてない衝撃事実。  平三もこういう引継ぎ俺にしろよ……!  なにが『イヤラシイぃ』だ!  なにが『酷ぇ』だ!  お前の方が酷ぇだろ!  これはなにかのドッキリか!? 「智志君?ずっと下向いてるけど……どこか具合悪いの?」  心の中で居もしない平三に毒を撒き散らしていると、知らぬ間に影が出来ていた。  なんだ?と思ってチラッと顔を上げるはずが、そうもいかなかった。 「ち、っか――!」 「ん?」  影の正体は王司が俺に近付いて来た時の影で、バカみたいに顔が近かった。  思わず正座していた足を崩して後退りしようとしたけど、それも、 「ッ、なんだよ!」 「はは、近いね」  手錠をされてる両手首のせいでその両腕で俺の体がホールドされて、離れることが出来なかった。  やばいやばいやばい。どう考えてもこれはヤバい。まだ俺の部屋だったからよかったものの、この部屋から外に出てこういう状態になってみろ!  絶対に俺殺されてたわ……わけのわかならいファンクラブ会員だか親衛隊だか知らねぇが、とりあえず王子様大好きホモ達に殺されるところだったわ! 「……」 「智志君……熱は、ないみたいだね」  どう思ってるかも知らないで王司は構わず俺のデコとこいつのデコをこつん、と。どこぞの少女漫画みたいなことをされてピーンと固まる俺。  やられるなら、女の子が、よかった……。とか、うな垂れててもしょうがない。  とにかく俺はこいつから離れる、それだけだ。 「いや、あのな、王司君。離れようか」 「……」  いや、無視って。勘弁しろよ。イケメンならなんでも許される世界はまだ来てないぞ?  イケメンでも全裸になれば通報されるし、ハンサムでも痴漢すれば無罪を勝ち取れる勝率は少ないんだぞ?  お宅、それ、わかってます? 「はぁ……」  小さく漏れる溜め息。大袈裟にやったつもりはない。ただただ漏れる溜め息だってあるだろ? 「……やっぱり智志君はイイ、よね」  なにかと思えば突然、王司と俺の距離がゼロに。 「は、――ふぅ、んっ!?」  テーブルを挟んで対面式に座っていたのを王司が腕を伸ばして俺を抱き寄せたせいで離れるに離れられない状態。テーブルのせいでもともとあった距離は、それ以上もそれ以下も離れられなかった。 「んん、は……やめッ、ふ……」  がっちり後頭部を押さえつけられてて下手に首を動かす事が出来ず、逃げれない。 「はぁ……おっ、じ、バヵッ……!」  もう片方の手はうなじから肩にかけて変な触り方をしてきて鳥肌が立つ立つ。  身震いしてるのは慣れないキスなんかしてるからであって、気持ち悪いからであって。決して気持ちいいもので震えてるものではない。  断じて、ない。 「はぁ、智志君、もっと。もっと、さ」 「んぁ、はぁ……?」 「もっと俺を、ケナシテ?よろしく、ね」  一瞬の唇の離れ。一瞬で見えたギラギラした奴の目。  一瞬を頼りに、目を下に辿れば口回りに奴のよだれなのか俺のよだれなのかわからないテラテラした透明なものが残っていたのを見つけた時、また王司との距離がゼロになっていた。  

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