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犬でも投げたボールを持ってくる

   片手で頭を抱えながら深い溜め息。  かけてあった鍵の音とともに開くドアからひょこっと顔を出す王司。  なにちょっと額に汗浮かばせてるんだよ……本気扱きじゃねぇか……。 「さっ、智志君、ちょっとね、ちょっとだけ──「窓を全開にしろ。そのあとシーツを洗え。手洗いからだぞ?……うわ、床にもてめぇの精液ついてんじゃねぇかよ、くそ」  危うく踏みそうになった白い液にイラつきがマックスを通り越して冷静になっていた俺の頭は王司のケツに蹴りを入れながら指示を出す。  部屋に入れば今朝とは全く違うニオイでベッドもより荒れていた。予想通り、こいつはベッドの上でナニかをやっていたんだとわかる。  あと、下着が入ってる場所のタンスが少し開いてるのは気のせいにしとこう。 「王司、お前どうしてこんな嫌がらせすんだよ」 「嫌がらせのつもりはない……でも最近、ベッドから智志君の匂いがしなくなってきて、どうにかして移せないか考えてたら、勃っちゃって、我慢が……」 「おいおい、交換する時なにもやるんじゃないぞ、って言ったよな?」 「あ、うん……でも俺、おれ、おとなしく出来なくて、言う事守れなくて、智志くんごめんっ、その……」  窓を開けながらももじもじと説明──言い訳──する王司から男らしさを感じれず呆れて溜め息を吐く俺。  何度、溜めた息を吐けばいいのやら……殴ったところで意味はないし、だけどなにもやらずこのままいたら王司の期待の目と気持ちをずっと浴びてなきゃいけねぇし……こいつのやる気スイッチとかもう押したくねぇな!  けど随分と脱線してる目的をどうにかして元に戻そうと、俺が我慢するしかないんだと考えつく。 「たまには我慢して、生徒会らしい事をしやがれ。仮にも副会長なんだろ?」 「それは、会長が全部やれるって言うから俺は帰ってるだけで、やるものはちゃんとやってる」 「仕事的な面も、成績面もってことだ。全く勉強しなくても51位なんてさすが“王子様”だな?」  そう言って隠し持っていた王司のテストの学年順位表を取り出す。  あと一歩で掲示板に貼られた紙に名前が載るところだったのに、こいつ。 「智志君がなんで俺の持ってんの?」 「平凡面でもちょっと頼めばすぐに入手出来んだよ」  まぁ平三を渡り橋に使って会長様から貰ったものなんだけどな! 「智志君だれに頼んだの!?言ってくれれば俺すぐに出した!」  窓際からいっきに俺の目の前までやって来たが、どこか必死な王司にも今の俺は動じない心を持っていた。  デコピンで怪我したこの代償としては小さ過ぎるが、手遅れにならないよりはマシだろう。 「王司――」  投げたボールは、 「次のテストは上位を目指せ」  犬でもちゃんと持ってこれる。  簡単なことだろ?  だってお前、理性のある人間だもんな? 「え……さとしくん?」 「落ちぶられても困る」  あと単純に会長様が怖いだけだ。  じゃなければこんな面倒な事やってらんねぇよ! 「……そうだなー、」  背が高いせいか俺が顔を上げる形で王司を見ながらなにかいい案がないか考える。  そうそうにこんな考えなんてした事がないからすぐに思いつかないな……。まぁでも、そんな期待するような目で俺を見つめないでほしいっていう俺の願いならすぐに思いついたけど。 「……い、一週間、一緒に寝るか!」 「……」 「……」 「……」 「……」 「……」  訪れてしまった沈黙。  あぁぁあぁぁぁ!  俺はなに言ってんだくそ野郎!  一週間!? 一緒に寝る!?  こんなので王司のやる気ゲージが溜まるのか!?  いや溜まらねぇよ!  俺の部屋で自慰行為していても、その気持ちがチラついてても、こんなナルシスト発言はないだろ……!  それとこれは別というかなんというか……ダメだ、俺今すぐにでも父さんと母さんがいるところに行きてぇ……。  あ、俺がテンション下がってきてどうすんだよ……でも死にてぇ……。 「――し、くん!智志君!」 「んぁ?あぁ、悪い、どっか行ってたわ」  つーかどっか行きてぇわ……なんて思っていると王司が俺の肩を掴みながら『いつの?』と聞いてきた。  必死そうな顔も変わらず、むしろさらに必死さが増したような表情で聞いてきたからなんの事かと思ったが、流れ的に次のテストのことだろう。  普通に考えて次のテスト期間といったら7月辺りだなぁ……今はもう5月終盤だけど。――あ。 「小テスト。小テスト出るたびに満点取っとけ。そしたらなにか聞いてあげなくもない。ちなみに期末の時も上位になっとけ」  そうすれば俺の役目も果たせるだろう。  あと、もう二度と一緒に寝るとか恥ずかしい事は言わないから、絶対に言わないからさ!  ちょっと忘れさせてくれ……。 「小テスト……小テストで、一緒に寝れる……小テスト……」  ……おう、頑張れ。  俺は押したぞ?……押した、よな?  頑張って投げた気力を持って来い。  そしてそれを会長様にプレゼントするんだからさ。 ――はあ……さっさと部屋を片付けよう。  

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