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黒髪着崩し耳ピアス

  「なぁ、木下くぅーん?」  チャイムの音で無理矢理、王司との手を剥して辞書だけ持って教室へ戻った。――決して逃げたわけじゃない。  俺なりに急いでみたが階段を下りて角を曲がり、真っ直ぐ行けば教室……というところで俺のクラスの担任が教室へ入って行くのを見てしまった。  そこで俺はもう7組に行くより走って寮へ行き、戻ったほうが良かったんじゃないかと思えてきたのだ。  担任は単純に朝から遅刻したと思ったらしく、俺に静かな声で『遅いぞー、席に戻れー』なんて言ってその場はおさまったものの、木下は笑っていたんだ。  表情を見てわかるような、ニコニコした笑みじゃなく、肩を震わせてカタカタと押し殺したような笑いを。  平三はそんな木下に呆れていて心配そうな顔で俺を見ていたが、あいつの“彼氏様”が辞書を忘れたせいで、さらに彼氏様のおかしな決めつけで王司から借りなくちゃいけない展開を持っていかされたんだ……。  もう連帯責任だ、俺が決めた、処す。……と、いうのも今に始まったことではない。  平三とだけ、だったら平和過ぎる毎日を送れていただろうが木下と絡み始めてから、王司が絡んできてからの俺はもうダウン寸前だ。  振り回されてそうで、流されていそうで、なにがなんだかわからないっていうのが本音。  慣れろ慣れろと心のどこかで思っているが、なかなか慣れない。つーか、慣れたくない。 「どうしましたか?ドSに調教されてる中沢様っ」  というわけで昼休みの今、俺は珍しくも周りを気にせず木下の名前を口にしたのだ。 「わかってるくせに、首を傾げるな……!」 「うははぁっ、めっちゃ怒ってるぅ!」  すぐにガタッと椅子から立ち上がり俺を無視して、売店行ってくる!と元気ハツラツに言いながら教室を出て行かれたから、この怒りはどこにぶつけよう……。 「木下ってば今日はやけにテンション高いなぁ」 「……平三もだぞ」 「えっ、俺?」  知らないところで連帯責任を背負わせられてる平三の反応は正しい。正しいが、木下を逃した俺は平三にぶつけることしか出来ない狭い心を持ちながら木下の椅子に座る俺。  まぁ結局、二時間目と三時間目の間にある休み時間を使って、いつも三人でいる場所を一人で俺は行き、王司を待っていた。  するともちろん来る王司。屋上が使えないこの学校の生徒は誰ひとり近寄らず、二人きり。  それがあいつからしたら嬉しかったみたいで英和と国語の辞書を交換する時、大胆にも触られたから殴ったっていうな……。  俺ってば本当に王司が喜ぶようなものしかやってねぇなー……という軽い後悔。  これでまた懐かれたらどうすっかな……。  あと小テストの結果も渡されて、一緒に寝る約束もそう遠くないものになってきてるという悲しい報告もあった。 「木下は見るだけなら他を犠牲にして自分は高みの見物って感じだよな……」 「しかも恋愛対象は女の子だからね。でもまぁ、あいつにも良いところがあるからさー」  平三の言いたい事もわかる。  周りの男を、二人組がいたらすぐに妄想して心の中で暴れて、たまに口にしちゃう奴だ。  でも腐ったもの以外で見るなら、漫画読んでて静かだし、匿ってくれる多少の優しい一面もあるし、願い狂えば勉強も教えてくれるから、そこら辺はさ……いい男なんだろうけど。……いい男なんだ。  でも大半は腐男子力が高過ぎて、どうにも止められないんだ。 「俺達も売店に行こうぜ?木下は買って階段の踊り場にいると思うし」  平三の苦笑い染みた言葉に頷く俺は木下の椅子に座っていたのを立ち上がり、教室を出ようとした。が、なに者かによって出入り口を塞がれてて、出れなかった。 「おい……お前が中沢 智志か?」 「……」  一言。――でけぇ……。  王司よりあると思う身長に目付きの悪い感じ、左耳にピアスを三個付けていて眉毛はどう見ても薄く細い。  制服の着方が他よりも崩れていながらもこの学校の生徒のせいでやっぱり顔が良い黒髪男が俺の目の前に立っていた。  そしてもう一言付け足すなら、怖ぇ……。  今までこんな奴、この学校にいたのかよ、と思いたくなるほどの男。だからか俺はつい固まってしまったのだ。  いやだってこんなタイプと喋った事ねぇし……不良、というべきか……。  でも中学の時にいた不良部類の奴等はほとんど髪を染めまくってて痛んでいたが……こいつはサラサラでなんだが触り心地がよさそうな髪。  真っ黒だ……。 「おい、おいって。聞いてんのか?チビ」  いやいやいや、お前がでけぇんだよ!  なんて言えたら……でもそうなると俺の中の世界が平和じゃなくなる……。 「くっそ……!黙るな!“歩”のダチ……親友じゃなかったら殴っていたのにっ」  ガッと両肩を掴まれたかと思いきや、なにやらわけのわからない事を言っている。  こんなにも大きな声で叫ばれたら嫌でもみんなの視線をくらうじゃねぇか……今日の俺ってばついてねぇ……。でも殴られたくねぇしな……よし。  掴まれてる肩に手をはらい、俺は素早く平三の後ろに隠れてそれで考える。  “歩”?  歩、アユム、あゆむ……。おお。 「今日の智志は災難だな……。――飯塚先輩、木下がなにかやりましたか?」  隠れた俺に平三はさらに苦笑いをしながらも、二つの名前を耳にする。  ひとつは、木下。歩とはあいつの“下の名前”だ。  あいつの周りはほとんど名字呼びであまり“歩”と呼ばれることがない。というか俺はそんな奴を見たことがない。  もうひとつは、知らない名前だった。  

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