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「この学園はとにかくセキュリティ面が特殊でね、まず制服を着用してること。これを守っていないと学園はその人物を受け付けないからね。この制服は言わば学園の一部と言っても過言ではないと思うね」 「受け付けない?」と聞き返せば、シャルは「ほら、あれ」と大きく開いた昇降口、になるのだろうか、口のように大きく開いた出入り口を指差す。 その時だった。制服を身に着けていない魔物が他の生徒に紛れて入ろうとした瞬間出入り口はその生徒が通った瞬間その口を閉じた。 そう、口。クチャクチャと咀嚼するように歪む扉はやがて一人の生徒、先程の制服を着ていない彼をぺっと吐き出した。謎の粘液で全身どろどろになった彼はそのまま地面の上で転がっていた。 それから、何事もなかったかのようにその口は開いた。そして他の生徒たちをどんどん内部へと誘うのだ。 よく見れば、そのようなレンガの装飾だと思っていたそれは歯のように思えてきた。 「ああやって選別するんだよ。教師や客人も限られてる。登録されていない者は誰一人受け入れない。いいシステムだろう?」 「なんか、すごいですね」 というかあの口に食べられたくないのだが。 「そうだ、忘れていた。君にこれを渡そう」 そう、思い出したようにシャルは制服から何かを取り出した。小さな紙袋に入ったそれを受け取り、中を覗く。そこには薄手の白い手袋が二枚、入っていた。 「理事長からのプレゼントだよ。学園では色々なものがある。君の肌に堪えうるものも。その手袋を嵌めていれば、大抵のものは触れるようになるという優れものだ。大切にし給えよ」 「あ、ありがとうございます!」 「大変だね、人間というのも」 早速両手に嵌めてみる。普通、ごわごわとした感触が気になるのだが、制服同様ぴたりと素肌に張り付くその手袋は、まるで布の感触を感じさせない。試しに黒羽の制服を掴んでみたが、感触も素手と変わらず感じる。 「そのモンスターの皮は防御性の高さと軽さから魔界でもなかなかの高級品でね、その手袋なんてそうそう手に入る物ではないんだ」 「すごい、素手みたいですね」 「聞いてるのかい、君」 それから、シャルからはこの学園のことについて教えてくれた。大体のことは前日に黒羽に聞いていたのだが、実際にその場にいながら説明してもらえるのとはまた違ってくる。 昇降口を通れば、校舎内は酷く豪奢だった。黒と紫を基調にした建物内部。天井からぶら下がるのは大きなシャンデリア。その上を伝って小人達が移動している。足元には制服を着た猫が駆け抜けていく。 たくさんの生徒がそこにいた。 壁には歴代理事長の肖像が並べられており、昇降口を奥に進めばちょっとした広間に出る。 そこの中央には5メートルはあるであろう大きな石像が佇んでいた。 大きな剣を手にした、甲冑姿のその大男。その目は宝石が嵌められているようだ。赤く光るそれは今にも動き出しそうなほどの覇気がある。恰幅のいいその石像の足元には見たことのない字が彫られている。 「その石像が気になるのか」 石像を見上げていると、いつの間にか隣に黒羽が立っていた。 「なんか、すごい目に入って。……この人が理事長なのか?」 「いや、この方は前魔王だ。……血を血で洗うことに喜びを見出し、誰よりも戦うことを好み戦争では常に最前線に立っていた。……今の魔王様とは正反対のお方だ。この学園の理事長も、現魔王様の支持者だ」 「……」 なら、なんで前の魔王の石像をドーンとこんなところに残してるのだろうか。そんな魔王を具現化した魔王が何故急に退任し、その後全く正反対の者がその場にいるのか。気になったが、魔界は魔界で色々あるということか。 あまり、魔王のことについて聞かないほうがいいのかもしれない。なんとなく、周りの空気が変わるのを感じたのだ。 シャル曰く、この学園には大きく分けて五つの学部が存在する。 まず一つ目は、文学部。 史学や、魔界の文学を主に学ぶ学部のようだ。基本的に実技はなく、書を読み、魔界の歴史を主に学ぶという。 二つ目は、生物学部。 名前の通り生物に関する学部なのだが、その中でも魔界の生物の生態を研究する生物科、生態を学び、治癒治療を主に学ぶ医学科、そして、生物の効率のいい痛め付け方を学ぶ拷問科が存在するという。 「医学科と拷問科の連中は対立してるんだ。どっちも体切りつけるのが趣味のくせに変わってるよね、ははは!」とシャルは笑っていたがそりゃ対立するわもいうのが本音だ。絶対に拷問科だけには行きたくない。 因みに、テミッドは生物科のようだ。少し意外だ。 それから3つ目は、魔法学部だ。因みに一番生徒が多いのもこの学部のようだ。 ポピュラーな魔術を使用法を学ぶ白魔法科、そして人を傷付けることを目的とした黒魔術を学ぶ黒魔法科と二つに分かれている。黒魔法科にも行きたくないなと思った。 そして4つ目、魔界学部。 人間界で言う経済学部のようなもののようだ。 シャルいわく、魔界への社会貢献と言う名の時期歯車を作り出すための経済科と、時期教鞭をとるためのノウハウを学ぶための教育科、時期魔王になるためだけを目的とした魔王科が存在るという。他にも小さな学科はあるが、この二つが大部分のようだ。 最後は、芸術学部。 これは名前の通りのようだ。 芸術全般を取り扱う芸術科と、音楽をメインにした音楽科が存在するという。 「この五つの学部の教室はそれぞれ別の棟に存在するんだ。基本は一番最初に選択した学部とその中の学科の授業を選び、それぞれの教室で受ける形になってるんだよ。因みに伊波君とそこの烏……黒羽君の場合は特例だね。君たちはどこの学部を自由に行き来することが出来る。選んだ学部ごとに胸にエンブレムのバッチが付いてる。ほら、因みに僕のを見てみるといい」 そういって、シャルは自分の胸元を指した。黒地の制服には確かに金色の特徴的なエンブレムが付いていた。 なんか俺の制服と違うと思っていたが、どうやらシャルのただのオシャレではないようだ。 その金色のエンブレムは、クラウン。王冠のように見える。 「僕は魔界学部魔王科だからね。魔王科だけ少し特殊で、魔王科を選んだ場合他の学科の授業は受けれずにずっと魔王科の授業になる。そしてその逆も然り、魔王科を選ばなかった者は魔王科の授業を受けられない。……というわけだから、伊波君たちも魔王科の教室には入れないんだ」 そう口にするシャルはどこか得意げだ。けれど、この魔界の王になるための専攻学科。とてつもなくハードルが高そうだ。 生物学科というシャルの胸にも、たしかにエンブレムはあった。銀色の大きな口を開いた獅子のエンブレム。その無数の尖った牙の中には紫色の石がはめ込まれてる。 「……生物学部の場合、専攻してるのが生物科の石が紫で、医療科は青、拷問科は赤、になる……から、エンブレム見たら分かると思う……」 「へえ、かっこいいな」 「ん、僕も、気に入ってるんです……」 えへん、と胸張るテミッド。けれどお陰で赤の石の獅子のエンブレムの生徒には近付かないほうがいいと分かった。 「因みに文学部はグリモアのエンブレム、魔法学部は魔法陣を模したエンブレム、魔界学部は2本のソード。芸術学部は確か……なんだっけ……」 「月だよ、三日月」 ポケットから何かを取り出した巳亦はそれを「これね」と見せてくれた。 三日月を模したそのエンブレムはシンプルだ。空に浮かぶあの月のように厭らしい笑みは浮かべていない。 というか、巳亦がそれを持ってるということは……。 「巳亦って、芸術学部なのか……?」 「あ、似合わねーって思っただろ」 「い、いや……なんか絵とか描いてるイメージないから……」 「芸術学部っていっても内容は色々だからな。俺の場合は紙にじゃなくて、人の肌専門」 「え」 そう言って、巳亦はエンブレムをポケットにしまう。 人の肌ってことは、その、所謂入れ墨とかいうやつなのか……?怖くてそれ以上聞けなかったが、嘘吐いてるようにも思えない。 「彫りたくなったら俺に言ってくれよな」なんて巳亦は笑うけど、おっかなくて俺は何も言えなかった。 「それで、伊波君たちのエンブレムだけど……」 そう、シャルが言い掛けたときだ。一羽の白い鳩が飛んでくる。首には大きな鈴、頭には郵便屋さんみたいな帽子。背中に荷物を背負った真っ白な鳩は、「シャル様、お届け物です」とそれをシャルに差し出した。 「理事長殿からお便りです」 「ご苦労」と、シャルは鳩の頭を撫で、「もう下がっていいよ」と付け足した。 鳩はぺこりとこちらに頭を下げるとチュンチュンと鳴き、来た通路を戻っていく。……そろそろ動物たちが喋るのにも慣れてきた。本当に喋ってるのか、言語中枢弄られたせいかわからないが……。

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