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第3話

「ねぇちょっと聞いた~?」 「えっ?なに、なに?」 「ダメ岡よ、ダメ岡」 「ダメ岡がなにか?」 「日下部先生が指導係についたらしいよ!」 ワイワイ、ガヤガヤ。ナースステーションはいつでも噂の宝庫だ。そして、恐ろしいほどに情報が早い。 「はぁっ?指導係って、今更なんの指導…。研修医でもあるまいし」 キーッとなっている看護師たちの話題の中心は、やっぱりまた山岡と日下部だ。 「なんだかよくわからないけど、あの人見知りをなおす係?とか」 「なにそれ。そんなの日下部先生の仕事じゃないじゃん!」 「本当だよね~。どんだけ迷惑かければ気が済むんだか。日下部先生もそんなことに時間割かれて…」 「そうそう。酷い話だよね。ダメ岡構う時間が増えたら、ウチらと話す時間減るじゃん。マジうざい、ダメ岡」 恐ろしい女たちの会話は、やっぱり近くの廊下に筒抜けだ。 まことに間が悪いことに、またも廊下の角に居合わせてしまった山岡が、俯いたまま固まっている。 「あ~ぁ、ダメ岡、どっか別の科に転科しないかな~」 「むしろ病院自体別のとこに移って欲しくない?」 きゃはは、と笑う看護師たちの会話は、悪口の度を超えていた。 さすがの山岡の目にもじわりと涙が浮かぶ。 廊下の陰に佇んだまま俯く山岡の肩に、ふとポンッと手が置かれた。 「山岡先生。帰りましょ」 「っ?あ、日下部先生…」 振り返った山岡が見たのは、白衣を脱いで帰り支度を済ませた日下部の姿だった。 「ん?どうかしましたか?」 一瞬上げた山岡の顔が、泣いているように見えた日下部が、心配そうに首を傾げた。 「いえ…」 パッとすぐに俯いてしまった山岡が、慌てて目を拭う仕草をした。 「山岡先生…。今日当直じゃないですよね?」 「はぃ…」 「じゃぁ、帰りましょう。それで、食事でも行きません?」 ニコリ。綺麗な顔に微笑まれ、山岡は俯いてモソモソと口を開く。 「オレなんかと食事に行ってもつまらないと思うので…」 辞退する、というようなことを言いかけた山岡の腕を、日下部は強引に取ってしまった。 「用事があるんですか?」 「用事はありませんが…」 「じゃぁ決まりです。行きましょう」 「は?え、あの…」 グイグイと腕を引いて、さっさと歩き出す日下部に、山岡はオロオロしたまま引き摺られていく。 「ちょっ、日下部先生?」 「予定がないなら、俺に付き合ってもらってもいいですよね?」 「あ、う…はぃ」 結局、断れない山岡は負け、白衣も脱がずに廊下を引き摺られていく。 「あれ?日下部先生、お帰りですか?」 「うん。お先に」 「お疲れ様です。えっと、山岡先生も?」 「は、はぃ…」 「お、お疲れ様です…」 帰る格好ではないが、日下部に半ば引き摺られるように連れて行かれている山岡を、偶然すれ違った看護師は不思議そうに見ていた。 「はい、山岡先生。かんぱ~い」 「あ、あの…えっと、はぃ…」 結局、強引に腕を引かれ、強引に連れてこられたカジュアルなダイニングバーで、山岡は日下部が持ち上げたグラスを見てオドオドしていた。 「飲めますよね?」 「あ、はぃ…。でも日下部先生…」 酒が注がれたのは山岡のグラスだけで、日下部は水の入ったグラスを掲げている。 「あぁ、俺、オンコールですからね。いいんですよ、遠慮しなくて」 「でも…」 1人だけ酒を飲むのは気が引けるのだろう。オロオロと戸惑う山岡に、日下部はニコリと微笑んだ。 「嫌なことは酒を飲んで忘れる!ね?ほら、ぐいっと」 笑顔で勧める日下部に、山岡はハッと、先ほどのナースステーションの会話を、日下部も聞いていたんだということに気がついた。 「大丈夫ですよ。今日は送りますから。好きなだけ飲んでください」 「でも…」 「ほら、顔を上げて。ここ、料理も美味しいですよ、ね?」 ふわりと微笑む日下部は、さすが、モテるわけだ。さりげない気遣いや仕草が、全て優しい。 山岡は、流されるように、酒の注がれたグラスに口をつけた。 結局、1人でワインボトルを丸々空けてしまった山岡は、食事が終わった後、すっかりいい気持ちになっていた。 ふらふらと彷徨う足が危なっかしい。 「で、山岡先生。山岡先生ってば。お家どこですか~?」 「あっちぃ」 へにゃっと人差し指をあらぬ方向に向ける山岡に、日下部は苦笑している。 「お家、あっちですね?」 「んーん、こっちぃ」 ふにゃんと先ほどと全く違う方向を指さす山岡に、日下部は諦めたように溜息をついた。 「わかりました。うちに行きましょう」 大通りに出てタクシーを拾った日下部は、そのまま自宅に山岡を連れ帰った。

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