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第19話

「オレが、オレなんかじゃない理由…」 「うん」 「まではわかりませんが、M総合病院で、急患…。救急車に緊急オペ…」 ポツリ、ポツリとキーワードをなぞり、記憶を手繰り寄せる山岡は、チラリと隣の日下部を見つめた。 「ん?」 「いや…。やっぱり、わかりません…」 ストンと俯いてしまった山岡の背中を、日下部がポンッと叩いた。 「教えてやるよ」 「え?」 「喉まで出かかってるんだろ?」 「それは…はぃ」 「じゃぁ時間の問題だ。もう、教えてやるよ」 ニコリと優しく微笑んだ日下部を、山岡はぼんやりと見つめた。 「とりあえず、昼ご飯を食べに行きがてら、そこで話してやるよ」 な?と言いながら、山岡の背を押して日下部は歩きだす。 通りに出てタクシーを捕まえ、2人はショッピングモール側の中華レストランに向かった。 ラーメン、チャーハン、餃子にから揚げと、やけに重そうなものが並ぶテーブル。 山岡はやっぱりなんでも良さそうに、日下部がメニューを選ぶのに任せた結果だ。 「ほら、食べろ」 「な、なんか多くないです?」 「これくらいペロッといけよ。あんな緊急オペ後に。お腹すいてるだろ?」 体力使ったはず、と笑う日下部に、山岡は曖昧に首を傾げた。 「…本当、省エネだよな、山岡」 「あはは…」 「まぁいいや。でも、食べられるだけ食べろよ?」 「はぃ。いただきます」 山岡が小食なことは、日下部は重々承知している。 それでも、共に食事をするようになって、大分量も食べられるようになってきたことも知っている。 丁寧に挨拶をして箸を取る山岡を見ながら、日下部も自分の分に手をつけ始めた。 ズズーッと、イケメンの日下部が、似合わないラーメンをすすっている。 実は美形の山岡は、髪と眼鏡の完全装備状態。 「うぅ、曇って見えにくい…」 ラーメンの湯気で視界がなくなる山岡に、日下部が苦笑を漏らしていた。 「取ればいいと思うけどな」 「うぅ…」 『クスッ。まぁ、明日から、完全に取らせるつもりだけど…』 「え?」 「いや、なんでもない。ノロノロしてると伸びるぞ」 「はぃ…」 ラーメン1杯に悪戦苦闘している山岡を可笑しそうに眺めて、日下部は次々と料理を平らげていった。 そうしてあらかた食べ終わり、日下部がのんびり中国茶を啜っている。 山岡も、それほど遅れることなく、出された料理をちゃんと完食していた。 「ごちそうさまでした」 「クスクス。食べられたじゃん」 「え…あ、はぃ。美味しかったです」 何を与えてもその感想なのは承知の日下部。 それでも小さく微笑む山岡の言葉に嘘はないのだろう。 「ご飯をさ…お腹一杯食べられるのって、幸せなことなんだよな」 「え…?」 「いや。さてと。で、どれくらい思い出してるの?」 ニコリ、と微笑んで山岡を見つめた日下部に、山岡は小さく首を傾げて、そっと口を開いた。 「M総合病院…。オレ、多分、1度だけ行ったことがあります」 「ん…」 「あれはそう…たまたまオフだった日の出来事で…」 記憶を手繰り寄せながら話す山岡に、日下部はホッと頷いた。 「うん」 「街でたまたま交通事故に遭遇して…」 「そっか。そこまで思い出してるんなら、答えはすぐそこだな。じゃぁ教えてやる。俺と山岡の出会い」 「はぃ…」 ニコリ。優しく微笑んだ日下部が、日下部にとっては今でも鮮明に目に焼き付いている、その日の出来事を話し始めた。

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