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パーティー追放

 平穏な日々、平穏な時間。  それが一瞬にして消え去る瞬間を俺は目の当たりにした。  産まれてからずっと暮らしてきた村も、家族も、隣の家のやつらも、皆、皆、魔王率いる魔物たちに滅ぼされた。燃え盛る火の中、ただ俺はそれを見ることしかできなかった。その日はいつものようにあいつと近くの森へ遊びに行って、日が落ちてくる前に帰ってきたのだった。  血、血、火、赤。何もかもが赤く塗りつぶされた。あいつは魔物の残党に飛びかかろうとする俺を捕まえて言う。「ここは危険だ。あいつらは殺す。けど、今は駄目だ。お前までやられたら俺はどうしたらいいのかわからない」そう、諭される。あいつは昔から冷静で頭のいいやつだった。憎たらしいくらいに、落ち着いていた。  隣町で体制を立て直す。そして、復讐しよう。魔物たちに。魔王に。俺達は誓いあった。死なないと。二人で強くなろうと。それが俺と、勇者と呼ばれるようになるあいつとの初めての第一歩だった。  それから、俺達は強くなるためにとにかく戦った。ギルドで小遣い稼ぎのクエストをこなせば、人から感謝されるし鍛錬にもなる。勿論最初の頃はろくに金にもならず、宿に泊まる金すらなかったため野宿を強いられることもあった。けれどそんな日も重ねれば確かに俺たちの経験へとなっていたのだ。経験を重ねれば自然と己が強くなっていく実感を感じた。そして次第に周りには人が増える。新しい仲間も増えていくのだ。一人、二人と。  あいつは強くなった。昔から一度だって戦って勝てた試しがなかったがそれでもそれとは比べ物にならないほどだ。あいつが強くなればなるほど周りにも強いやつらが増える。  俺には、秀でたものはなかった。魔法も使えない。得意な剣術も、あいつには敵わない。体力にだけは自信があったから、仲間の壁になるようになった。危険なときは、自らパーティーのやつの前に飛び出した。怪我で済むならまだよかった。けれど、俺達が強くなるに連れ襲ってくる魔物たちも強くなっていた。何度も死にかけては、ヒーラー役の魔道士に回復を頼んだ。あいつは嫌そうに俺を見るのだ。「弱いくせに前に出るなよ」と。渋々回復してくれる。盗賊はその言葉に笑っていた。最初は止めてくれていたあいつは、何も言わなかった。  悔しかった。悔しいけど、魔道士の言うとおりだ。俺は、弱い。気付いていた。俺には才能がないということはとっくに。それでも、他のやつがやられるくらいならと思って我慢していた。  そんなある日のことだ。  一日のクエストを終え、最寄りの宿で休んでいたとき。勇者が仲間たちを集めた。そして、その横には初めて見る顔の体格のいい男。 「新しく仲間になる騎士だ。体力も防御も硬い。これから前衛はこいつに頼む」 「よろしく頼む」  あいつに紹介された騎士は頭を下げた。魔道士と盗賊はおおっと声を上げ、あっという間に騎士を囲む。  けれど、俺はその後の会話はまるで頭に入ってこなかった。前衛は、俺のポジションだ。 「おい、どういうことだよ。仲間が増えるのはいいことだと思うけど、ギルドの規定は四人パーティーまでだったはずだ」  俺は、あいつに詰め寄った。俺達が毎回クエスト受注するギルド教会にはいくつかきまりがあった。報酬の関係上、組めるパーティーの人数は最大で四人であること。そして、パーティーのランクに見合ったクエストしか受けれないこと。俺が危惧しているのはその一つ目だ。  あいつは、見たことのないような目で俺を見た。ゾッとするような冷たい目。 「……今日限り、お前をパーティーから追放する」  それは、俺にとって最も恐れていた言葉だった。 「な、んで」 「理由はお前が一番よくわかってるだろう?」  子供に話しかけるような声で諭され、顔に熱が集まる。  それでも、認めたくない。認められる訳がなかった。 「お、俺達は……ずっと一緒に……一緒に、あいつを倒そうって約束したじゃないか」 「ああ、そうだな」 「……ッ、なら……!」 「俺は、魔王を殺す。けど、お前がいたらそれは叶わない」  息が、苦しかった。「へえ、いうなぁ」と囃し立てる外野の声など耳に入ってこなかった。打ち砕かれる。周りの奴らにどれだけ何を言われても耐えられたのはこいつがいたからだ。それなのに、こいつにまで見捨てられてしまえばなにが残ってるというのか。 「……い、……っやだ……」 「……おい」 「っ俺も行く、着いていく、雑用でいい。だから、頼むから置いていかないでくれ……ッ!」  帰る場所もない。家族も、家も、あの災いで全てを失った俺には勇者しかいなかった。 「雑用だってよ、勇者。荷物持ちにでもしとくか?袋よりは入りそうだけどな」 「駄目だ、お前はここでお別れだ。明日からは好きにしろ」 「……ッ、なんで、おれ、次は死なないようにするから、頼むから……っ」  みっともないと笑われようがどうでもいい、土下座しようとして、騎士に止められる。そして。 「それが鬱陶しいんだよ。お前が荷物ってことに気付けよ、いい加減」  ガラガラと崩れ落ちる。涙すらも出なかった。悲しさもない。ただ、呆然とする俺の目の前に勇者の長い指から革袋が落とされた。中から金貨が溢れた。 「これは餞別だ。ここから先は好きにしたらいい」 「うわっ、まじかよ勇者お前、そんな雑魚にもったいねーって!俺にくれよ!」 「お前の方が持ってるだろうが」  耳障りな盗賊の下卑た笑い声が響く。  これは、手切れ金だ。勇者の優しさか、その袋には半月は生きていけるほどの金が入っていた。俺は、それを受け取ることができなかった。 「っ、……!」  俺は、革袋を拾い上げ、勇者に投げつけた。落ちる金貨に何事かと周りが野次馬してくる。  俺はただ悲しかった。金額ではない。金で片をつけようとするこいつにだ。  こいつは、変わった。俺の知ってるあいつなら、こんなことしない。こんな、人を人と見ていないような。 「……っ、馬鹿に……するなよ」  あいつらの前で泣きたくなかった。俺は、無一文のまま、荷物も持たずに宿屋から飛び出した。行く宛も、金もない。わかっていた。どこにもいけないってこと。それでも、俺は自分が思っているほど大人ではない。子供のままだ。あいつばかり成長していく。  飲み屋街は人の気持ちと知らずに煌々と夜の街を照らすのだ。

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