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 何度扉を壊そうとしてもびくともしない、ただ体が痛むだけだ。扉や壁を殴ったところで拳が傷つくだけだ。  悔しかった、あいつには敵わないと最悪の形で突き付けられたのが。  …………。  それからどれほどの時間が経ったのか。ようやく勇者たちが帰ってきたときには既に日は落ち、外は真っ暗になっていた。  扉の外で足音が聞こえた。勇者だ。そう体を起こした。そして、扉が開いたとき、俺は目の前の扉を無理矢理押し開いた。驚くわけでもなく、あいつ――勇者は俺の拳を避けることなくそこに立っていた。 「っ、お前……よくも……っ!俺をこんな……っ!」  ふざけるな、と掴み掛かろうと伸ばした手ごと手首を掴まれる。そして、俺の拳に目を向けたやつは顔を歪めるのだ。 「……済まなかった」  そして、次の瞬間拳が暖かく包み込まれる。傷は癒え、痛みはなくなっていた。  治してくれた勇者にも驚いたがそれ以上に素直に謝る勇者に驚いたのだ。 「なんだよ、済まないって……」 「…………」  何か言ったらどうだ、と詰め寄ろうとしたとき、傷の癒えた手を握り締められるのだ。指を絡められ、ぞわりと背筋が震えた。振り払おうとするが絡み付いた指は離れるどころか指一本すら動かせず、その力の強さに堪らず息を飲んだ。 「お前の体が傷付く可能性を考慮していなかった。……次はこのようなことがないようにしないとな、お前は何をしでかすかわからない」  背筋が凍るようだった。  こいつ、と言葉を失ったとき、勇者はそのまま俺の部屋へと押し入ってくるのだ。そして、後ろ手に扉が閉められる。 「おい……っ」 「考えを改める気にはなったか?」 「それはこっちのセリフだ、こんな真似して『はいわかりました』って言うと思ったのか、おまけにメイジにまで妙な真似させやがって……!」  怖気づいてはならない、そう感情のままに声を上げてから俺は自分の失言に気付いた。  あいつは変わらない、何を考えているのかわからない目でただ俺を見ていた。 「……メイジ、あいつが余計なこと口にしたのか?」 「っ、……少し考えれば分かることだ、あんな汚い真似できるのあいつしかいないだろ」  メイジを庇ったつもりではないが、メイジのことを話せばこいつがどんな反応をするのか、考えただけでもぞっとしない。咄嗟に誤魔化したつもりだったが、勇者の表情に、その目に怒りの色が現れるのを見てしまった。  そして肩を掴まれ、壁へと体を押し付けられる。  昨夜の記憶が蘇り全身に冷たい汗が滲んだ。おい、と勇者を見上げたとき、すぐ目の前にやつの顔があることに気付き息を呑む。 「……なんで、今嘘吐いた?」 「……っ、別に……」 「なんでお前があいつを庇う必要があるんだ。……おかしいだろ」 「人の話を聞けよっ、この……」  この馬鹿、と言い返そうとしたときだった。 「――お前、俺に何か隠してるだろ」  その一言に、一瞬、ほんの一瞬だけ言葉に詰まってしまったのだ。  そしてあいつはそれを見逃さなかった。

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