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破局3

 男は女の腕を振り払った。  彼に近付く。  彼は痛みを拒否するように目を閉じた。  男は彼に触れられない。  拒絶が彼を覆っているから。  「お願い、チャンスをくれないか」  男は跪き、彼に願う。  「やり直させて・・・ちゃんと言うつもりだったんだ、あの曲のことは。この女とも、もう終わりにするから」  言い訳。  言い訳だと分かっていても、男は言うしかなかった。  許されなければ、彼を失うから。   必死だった。  「愛してる。君だけだ!」  この世界の誰よりも。  男は叫ぶ。  それは本音だった。    彼の目がゆっくりと開かれた。  美しいアーモンド形の。  夜毎、この目を見つめたのだ。  静かで優しさをたたえたこの目を。  時に抑えられない、情熱と淫らさをあふれ出させるこの目を。  髪に隠したままで、自分以外には見せないでいてほしいこの美しい目を。  その目は今、男に告げていた。    終わりを。  「オレから出て行って。部屋からも。オレの中からも」  それは優しい、悲しい、寂しい声だった。    「行かないで」   男は言った。  もう触れられないのに手を伸ばす。  彼が首を振る。    「捨てないで」  男は言う。  彼は背を向ける。  「お願い、待って!」  男は言う。    彼は歩き出す。  男は床に崩れ落ちた。  彼は遠い出口を探して歩き出した。  同僚が追いかける。    ただ、女だけはまるで絶頂にいるかのように、その光景を楽しみ続けた。  初めての恋だった。  人と心重ねることなどないと思っていた。  まして、身体を。  音楽が心を溶かした。  そして、あの男が心と身体を満たした。  求められて嬉しかった。  だから与えた。  全部。  歌さえも。  こんな心や、身体を欲しがる人なんていないと思ってた。  与えられた。  囁かれる愛や、快楽や、優しさに酔いしれた。  心の底から求め、求められ、与え、与えられた。  あの指を忘れられるだろうか。  あの目を忘れられるだろうか。  あの声を忘れられるだろうか。  彼のためだけに弾かれたピアノを忘れられるだろうか。  何もなかったことにして、男の腕に戻ればいい。  彼の中で叫ぶものがいる。  いいじゃないか  愛してくれている。  もうしないと言っている。  女とも別れると。    くだらないプライドは捨てろ、お前をあんな風に愛してくれる人はもう二度といない。  過ちに目を閉じろ。  でも、彼は首を振る。      どんなにくだらないオレだとしても。  それを認めてしまったならばオレじゃなくなる。  どんなに悲しくても、どんなにあの男が恋しくても。  自分じゃない者として、ずっと生きていくことなんて出来ない。  だって、そんなの嘘だから。  

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