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同居3

 男はこの一週間で彼かどれだけのものを失ったのか明らかにしていった。  歌うと言う行為はもちろん、音感、リズム感、楽譜を読む能力。  音を色や光として可視化していた能力。  曲の記憶。  男に尋ねられるまで特別なこととは思ってなかった、全てのものを音楽として自分の中で変換していく能力。  いつも、言葉として思考するより、音楽として鳴らす方が楽だったのだ。  それら全てを失っていたことに自分でも驚く。  言葉より先に、歌うことを覚えた。  言葉で意志を伝えるより、歌で伝える方が簡単だった。  舞い落ちる紅葉を、冬の夜空を、曲にして自分の中で鳴らし続けていたのに。  そうしていた記憶はあるけれど、それがどんなものだったのかは覚えてさえいない。  確かに、オレは半分死んでいるのかもしれない。    彼は納得した。    ただ男は執拗な聞き取りの中で、彼にも気付かなかったいくつかの可能性を見つけ出した。  「ボクシングのリズムは読めるんだ」  男は指摘する。  「うん・・・カウンターを撃つのにいるから」  攻撃のリズムは確かに読める。  「そして、あの試合ではアイツのリズムや相手選手のリズムは色になって見えたんだね」  そう、あの試合、久しぶりに彼は自分の中で音楽を鳴らした気がする。  「そして、僕の作ったテーマソングがあの日にはちゃんと聞こえたし、見えたんだね?」  男は確認する。  彼は頷く。  男の曲だと分かった。   震えて怯えた。  なのに今は分からない。  「この辺にヒントがありそうだね」  男は考えこんだ。  一週間で男は何かにたどり着きかけていた。  執念だった。  彼が夜勤明けで家に帰って来た時、男は見あたらなかった。  いつもならしなくていいと言うのに出迎えて、隙あらばハグしようとしてくるのに。  「挨拶の範囲だ」と主張して譲らない。  それくらい諦めてもいいはずなのだが、身体の熱を貯め続けている彼にはそんなものでも刺激になりかねない。  意地になって拒否し続けている。  自分だけが、欲望に苦しめられているのに、男は平気で抱きつこうとしてくるのが許せなかった。    オレと別れた後も、あの人はきっと色んな人達と身体を重ねたんだろう。  あの女の人みたいに綺麗な人達と。  だから、オレみたいに久しぶりのセックスでおかしくなったりしないんだ。  彼は切なかった。  いつもより早く現場から戻ってきた。  早朝というより深夜だ。  こんな時間にいないなんて。  寝ているのかと思ったが、男が寝ている隣りの部屋の寝袋はもう片付けられて、部屋の隅に置かれていた。    ああ、そうか。  彼は思う。    オレといても出来ないから、違う人のところに行ったのかな。  一応オレに気を使ってオレが部屋にいない間に。  胸に冷たいものが落ちていく。  手酷く裏切られた過去の古傷が痛みだす。    でも、明かりをつけたまま出て行くだろうか。  疑問に思った。  風呂場の明かりが見えた。  シャワーを浴びているのか。  何故かホッとしたし、男に悪いことをした気になってしまった。  男が誰と何をしようと彼には関係ないことなのに。  してしまったセックスは過ちで、もう二度としないことだから、男と彼にはもう何もないのに。  男が彼の歌を取り戻して、男は消える。  それだけなのに。  早く消えて欲しいのに。   でも何故か溢れる罪悪感。  彼は覗いてみた脱衣場に、男がバスタオルを出していないことに気付き、出しておいてあげようと思った。  疑ってしまったのが、悪くて。  何かでそれを打ち消したかった。  バスタオルを置いて、「置いてるよ」と声をかけようとした。  その時だった。  建て付けが悪くて、わずかに開いてしまう浴室の扉の隙間から、声が漏れるのが聞こえてしまった。    繰り返される彼の名前と、喘ぎ声。  彼は真っ赤になる。  こういう声がどういう時に出るのか彼は知っている。  彼も男だから。  彼もしているから。  男が自分でしているのだ。  彼の名前を呼びながら。  彼はつい、つい・・・。  扉の隙間から・・・覗いてしまった。  男には小さすぎる浴槽の縁に腰掛けて、男はそれを自分の手で扱いていた。  繰り返されるのは彼の名前。    呻き声。  ズクン  彼の後ろの穴が疼いた。  彼は慌てて離れようとした。  その瞬間、男と目が合ってしまった。    彼は真っ赤になったまま、背中を向けた。  「待って!」  男が呼び止めた。  思わず足をとめてしまう。  「何もしない。指一本触れない・・・だからその扉を開けて。開けてそこにいるだけでいい」  男がかすれた声で言った。  彼は逃げるべきだったのに。  疑ってしまった罪悪感のせいか、言われるがまま浴室の扉を開けた。    「そこで見てて」  男は彼に言った。  その目は彼から離れない。  食い入るように見られている。  視線の熱さ。  目は彼を犯していた。  彼も目がそらせない。  男は彼を見つめたまま、しごき始める。   大きなそれ。  何度も咥え、何度も挿れられたそれ。  その熱さや硬さも知っていて、彼は小さく喘いでしまった。  見ているだけなのに。  男は彼の名前を呼ぶ。    身体か震えた。  じわりとズボンが濡れたのが分かった。  軽くイったのだ。  名前を呼ばれただけで。  そんなこと本当に身体を重ねる時にはあまりしないくせに。  ひたすら貪り、淫らな要求ばかりして、終わってからじゃないと、甘くそんな風に名前を呼んでくれないくせに。  男は声をあげてこすりあげていた。  男の腰が揺れていた  先からダラダラと汁が零れている。    それを一番奥に入れられることを考える。  こじ開けられる瞬間、そこでぐちゃぐちゃにされ、身体が痙攣するだけになるあの感覚。     男が見ていなければ、彼は自分のモノをこすりたて声をあげて果てたかった。  後ろの穴も弄ってイキたかった。  ズボンの中で痛い位勃ちあがっていた。  触りたい。  指を挿れたい。  プライドだけが彼を押しとどめ、男は彼を見つめながら、彼の名前を叫びながらイった。

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