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救済2

 あの男に久しぶりに抱かれた。  乱暴に服を剥ぎ取られ、早急に解され背後から突っ込まれた。  抱きたかったと男は掠れた声で言った。  背中に唇を何度も落とされた。  それを白々しく聞いていた。  噛まれ、痕をつけられ、貪られた。  「俺にしろ、俺にしとけよ・・・」  そう何度も囁かれた。  どうでもいいセリフだった。  抱かれるのは久しぶりで、痛みやキツさが自分への罰のようで。  良かった。  良かったと思っていた。  散々貫かれ、揺さぶられ、声を上げて果てた後、 何の感情もなく、むしろ虚しさだけを感じながら、シャワーを浴び、服を着替え出て行く準備をしていた。  そんな男を見ながら、アイツは言った。  「『あの人がお前のモノだったことは一度もない』そう言ったんだよ、あのガキ」  煙草の煙をはきながらアイツは言った。  何のことだと思った。  そして思い出した。  コイツを彼がどうにかしたとか、彼の友人が言っていたことを。     「彼は何をお前に言ったんだ!」  全く自分には無関心だった男が、顔色を変えて尋ねる様子にアイツは苦笑した。  「『17の子供によくも!』とも言われたよ。その上、殴られた。一発で沈められたのは初めてだったな。お前のためにあんなに怒ってくれるヤツをお前捨てたのか。お前も最低のクズなんだよ、俺と変わらない」  アイツは言った。      アレはあんな見た目だが大した男だと付け加えて。  捨てられたのは僕だ、と男は思った。   でも、身体が震えた。  「あの人があんたのモノだったことは一度もない!」  「17の子供によくも!」    彼の言葉が今届いた。    僕の為に怒ってくれたのか。  僕の為に男を殴ったのか。  誰にも助けてもらえず犯された17才の少年。  泣き叫んた夜。  踏みにじられた尊厳、裏切られた信頼。  ただ怖くて泣き叫んだ。   やめてくれと哀願した。  自分を踏みにじるモノに必死でお願いしたのだ。  でも、悲鳴の中、貪られた。    そう、まだ子供だったのだ。  子供だったのに。  それを許せないと怒ってくれた人はいなかった。  でも、彼だけは。  彼だけは。  その少年の為にその拳を振り上げたのだ。      あんなに優しい君が。  あんなにか細い君が。    この凶暴な男に立ち向かったのか。      あれは救いなどない夜だった。  誰も誰も、そうされた少年でさえもアイツを断罪しなかった。    でも、彼だけは男を断罪し、許さなかった。  そして、やっと分かった。    「僕はお前を憎んでるんだ。僕はお前が大嫌いなんだ。僕はお前を許してはいけないんだ」  むしろそれは淡々とした認識だった。  「お前が僕にしたことは許しちゃいけないし、お前は僕を壊したんだ。僕はそれをごまかした。ごまかし続けた」  大したことはない、そう思うためにこの男に抱かれ続けた。      やっと分かった。  それが男を歪め続けてきた。  その歪みが男から彼を遠ざけた。    あんなにも愛しい彼を失わせた。  「二度と会わない。お前を死ぬまで許さない」  それは単なる事実として男の口から出てきた。  アイツは苦く笑った。  完全に男を失うために来たかのように。    男は救われたのだ。  歪みきってしまっている、もうその歪みは元には戻せないだろう  でも、やっと、捕らわれていたものから抜け出せたことに気づいた。  今はいない彼のおかげで。  別れてからも、彼は男を救ってくれたのだ。  男の中にいる深く傷ついた17才の少年を。  愛している。    ただそう思った。  女と別れるには時間がかかった。  有名音楽プロデューサーになった男は女には都合が良かった。  おまけに身体の相性も良かった。  女は別れる気などなかった。  それに男は女が嫌いじゃなかったからだ。    ひたすら有名になるために突進し、努力する。  その姿勢に感心していたくらいだった。  性格の悪さも楽しめた。  ただ、彼を前にしてやってのけたことは許せなかったけれど、一番悪いのは男なのだ。  セックスの仕方を指南したので、実に自分好みに仕上がっていたし、彼を思い出さないですむ、豊かで柔らかい身体を抱くのは楽しかった。   スポーツのようにセックスをした。  性処理だった。  身体を重ねると、情が生まれてしまう。  女とはその心配がないのが良かった。  不特定多数と寝るのはもう今更だったし、そんなセックスには飽きていた。  割り切った付き合いのつもりが変に期待させることになるのももう嫌だったし、そういう意味でも女と寝るのは楽だった。   気が付くと女以外とはしなくなっていた。  彼と二度と会えないと決めていたからこそ、女と、寝ていた。  優しくする必要もなかったし、時に乱暴にしても良かった。  染み付いた性癖を女相手に存分にふるったこともある。   尤も、仕事で使う身体だ。  存分にするのは長期休みの時に限られたが。  多少の乱暴さは身体に痕をつけない限り、いつでも許された。  割り切っていると思っていた。  女も割り切っていると。  女は良い楽器だったし、だから女のために曲は書いてやった。  売れたし、女はますます有名になっていったし、それで満足していると思っていた。   だから驚いた。  「結婚しましょう」  そう言われた時には。  当然ながら拒否した。  女と結婚なんて冗談じゃなかった。  「大した意味なんかないわよ、結婚に。今と何も変わらないわ。お互いに他の相手もいないんだし、いいじゃない」  女は言った。  女は男が面倒をさけるため、自分以外とは、寝ていないことを知っていた。  男は驚いた。  女には他にも相手がいると思っていたからだ。  女は男の驚いた顔に苦笑いした。  「私を何だと思ってるの?確かに目的の為なら誰とでも寝るわよ。でもあなたで目的は十分果たせているし、私は快楽もあなただけで満足してるのよ。あなたと寝始めてから、私、あなた以外とはしていないのよ」  女は言った。  それは衝撃の告白だった。  「あなたは私以外と散々楽しんできたけど。でももう面倒なんでしょ、私でいいじゃない。私の事最低だと思っているんでしょ。でもその私に興奮するあなただって最低なのよ。私でいいじゃない」  女の言葉は・・・。  女の眼差しは・・・。  愛ではないかもしれない。  いや、これも愛なのだ。  女は女なりに男を愛していたのだ。  いつの間にか。  「あなたは私を軽蔑しないもの。もし、私が目的の為に他の男と寝ても許してくれるもの。私に敬意を払ってくれるのはあなただけなのよ」  女の言葉は静かだったけれど、叫びのようでもあった。  男は顔を覆った。  違う。  そういうつもりじゃない。    でも、そういうことだ。   期待させた。    そう、憎んでいるあの男とも身体を重ね続ける中で、それでも絆みたいなものを作ってしまった。  そういうことだ。  人間は簡単じゃない。  身体を重ねることは身体だけのことではないんだ。   快楽を追求するためとは言え、思いやる。  そして、時間を共有する。  それはそれだけのことではすまなくなるんだ。  やっと男は理解した。  ・・・身体だけだなんて、言えないんだ。  「ごめん・・・僕は君が好きだったみたいだ。だからごめん。結婚出来ない。それは嘘になる」  男は女に言った。   女の顔が歪んだ。  取り澄ました、計算通りの笑顔よりよっぽど美しく見えた。  女の身体が震えていた。  女もこの告白に賭けていたのだと分かった。  「ごめん・・・今も昔も愛しているのは一人だけなんだ」  男は女を抱きしめた。  そこに性的な意味はなく、顔を歪めて大声で泣く女を男は抱きしめ続けていた。  その日以来、女とは会っていない。  誰とも寝ていない。    欲望に忠実な男には辛いことだった。  でも、もうこんなことを繰り返すのは真っ平だった。    欲しいのはたった一人の気持ちだった。  ただ、彼のことだけを考え続けていた。    毎夜。  毎夜。   色々あって、仕事を辞めようと思い始めていた。  蓄えなら十分ある。  どこかでそっと曲を書いて人生を終えようと。 彼を思いながら。  そんな頃、再び彼と出会ってしまったのだ。  「ちゃんと分かったんだ。僕だって」    男は呟く。  他の人と寝てはいけない理由が。  別れてからだったけど。  男は涙を拭いて新幹線に乗り込む。  仕事はすぐに終わる。   もう一つの用事に時間がかかりそうだった。  でも夜には帰って来よう。   彼は明けで明日は休みなはずだ。  避けていた。  彼に嫌がられたりするのが嫌で、過去の話や離れていた頃の話をするのを。  でも、ちゃんと話がしたかった。  彼にわかってもらいたかった。  少なくとも、今はちゃんとわかっていることを。  そして許されなくても、ずっと彼しか愛さないことを。  せめて、この気持ちだけは本当であることを信じて欲しかった。    音楽さえ奪ってしまった自分にそんな資格はないのだとしても。  彼だけが男の為に拳を振り上げてくれた。  彼と別れたことが、男に人間は簡単に扱える道具ではないことを教えてくれた。  彼こそが、歪んだしまった男を救ってくれていた。  彼だけが。  彼だけが。    だから男は彼に歌を取り戻さないといけないのだ。     長い1日だった。  もう深夜だった。  男は疲れ果てていた。  仕事は簡単に済んだが用事の方は時間がかかった。  でも、帰って彼と話をしなければ。  タクシーの中で座席にもたれかかり、目を閉じた。  携帯がなっていた。    表示を見た。  彼の友人だ。  男は電話をとった。  「こんな時間に何だ?」  面倒くさそうに男は言う。  「テメー、自分は早朝に電話して来やがったくせに!」   友人はキレた。  「・・・冗談だよ。で、何?」  男は言った。  「アイツがおかしいんだ。まだ家に帰ってないのか」  友人の言葉に飛び起きる。  「どうしたんだ!」  怒鳴る。  タクシーの運転手驚いてビクリとしていた。  「お前の話で心配になった電話したんだけど、様子がおかしいんだよ・・・」  友人が口ごもる。    「何がおかしいんだ!早く言え!」  男はさらに怒鳴る。  「あの・・・その・・・だな。・・・声とかがさ、・・・してる最中みたいでさ、マトモに喋れてないんだよ。喘いでるし・・・」   友人はモゴモゴ言う。  「何してる最中だって?」  男は聞き返す。  心配過ぎて頭がおかしくなりそうだ。  「・・・セックスだよ!」  友人が困ったように言った。  「セックスしてる最中だって!!」  男は怒鳴り、運転手はハンドルを思わず切ってしまい車がぐらついた。  でも、男はそれどころではない。  「誰と!」  それは、そんなのは・・・考えていなかった。  「いや、わかんないけど、やたら喘いでいて、マトモに喋れないし、心配して行くって言ったら絶対来るなって、来たら死ぬから、なんて言うし・・・」  友人は困ったように言った。  彼が誰かとセックスしている。  頭がおかしくなりそうだ。   「何度か電話しても、来るなとしか言わないし・・・」  友人は困り果てた声で言った。  「もうすぐ着く。誰か知らないけど彼に触れた奴は殺してやる」  男は頭に来て怒鳴っていた。  またタクシーがぐらついた。  「・・・いや殺すな。やっぱりオレが行く」  友人が慌てた。  男は冷静になった。  「大丈夫だ。・・・殺さない。彼の意志でしているのなら」  男は言った。  「確認したら電話よこせよ」  友人の言葉に承諾する。  何も言わなくてもタクシーはスピードをあげてくれていた。

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