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第19話
用意されたファーストクラスは個室のように区切られ、快適そうだった。
黒瀬と悠は同じシートに座り、その隣に自分のシートが用意されていた。
広々として、飛行機の中とは思えないほどの豪華な空間にゆったりと足が伸ばせるので、長時間のフライトで足が悪い自分にとって確かに有り難かった。
機内食は和食か洋食を選択できたので、黒瀬と同じ和食にした。
味も美味しくて、満足いく食事だった。
「その足、どうしたの?」
食事を終えると、赤ワインを飲みながら、黒瀬が心配そうに足元に視線を移した。
飛行機はすでに離陸し、日本から離れ数時間が過ぎ、すでに太平洋上を飛んでいた。
悠は満腹なのか、すでに眠りについてすやすやと黒瀬の隣で寝息をたてていた。
日本時間はもう21時を過ぎている。
「………ちょっと事件に巻き込まれて、刺されたんだよ。」
「えっ!」
黒瀬は驚いて、悠を起こさないように飲みかけのワインをそっと傍のテーブルに置いた。
結局、足の麻痺を刺した犯人は捕まらず、去年は自費で医療費を賄い、かなり懐が痛い目にあった。
そして地道に貯金し、やっとエコノミーを手に入れたのに、こんな良い座席になるなんて思ってもいなかった。
「大丈夫だよ、もう大分良くなった。」
「大丈夫って、本当に大丈夫なの?」
黒瀬は疑い深い視線を送りながら、眉間に皺を寄せた。
今は通院もリハビリもなくなり、順調に過ごしてるので生活にそれほど支障もなかった。
時折、桐生が申し訳そうに様子を伺い、電話や誘いをくれるので過保護だと会う度に文句を言うくらいだった。
桐生の兄が差し向けた犯人だとしても、証拠もないので、自分にとってはただの不運でしかなく、特段気にはしてない。
楽観的過ぎだと蒼には怒られたが、今が幸せならそれで良いと思っていた。
桐生にも同じ事を話したが、困った顔をするだけで、逆に自分が申し訳ない気持ちになった。
「大丈夫だよ、特段何も起こらないし、自分は平凡そのものだし…。」
「………いやいや、犯人は捕まったの?」
「いや、通り魔だけど捕まってない。似たような事件は沢山あるしね…。」
「沢山て言ってもさ…。いや、それで恋人を置いて遠距離とか君の彼氏は凄いよ。僕だったら絶対連れて行くか、離れないよ。心配にならないの?」
黒瀬は心配そうな顔をして、早口でまくし立てた。
確かに蒼は自分を心配してくれ、向こうに行くのも悩み、一緒に行かない?とも何度もしつこく誘われた。
だけども、また振られて家を失うのも怖く、住み慣れた日本にいたいと断ったのは自分だ。
「それはちゃんと話し合ってるから大丈夫だよ。」
「……そうかな?僕だったら、絶対連れて行くのに!」
そう言いながらも何度も苦渋を強いた事がある身として、うんざりするしかなかった。
ふざけた黒瀬の返答にウトウトと眠気が襲ってきた。確かに隣に話相手がいると安心感があり、心地良い。
まだまだ目的地は遠い。
自分はぶつぶつと人の恋路に文句を言う黒瀬を横目に、呆れながらも、深い眠りに引き込まれていった。
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