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第35話
休みの日だと、同僚らしき人物から聞いて、望みをかけていた。
いや、例え休みで正直に朝倉の事を話しいたらこんな気持ちにはならなかった。前から会っていたとしても、話してくれればどうでも良かった。
それほど自分は蒼に甘い。
それなのに嘘をつき、平然と家を出た蒼に失望していた。
そんなに黒瀬との過去に拘るなら、どうしようもない。
過去は変えられず、恐らく謝っても蒼の嫉妬は鎮まることはないだろう。自分ですら、その過去に囚われて蒼を苦しめてしまっていたとなると、もうどうする事もできなかった。
こちらは締切を何日も徹夜しながら繰り上げて、何十万もするチケットを購入してやっと逢いに来たのに、まさかこんな事になるとは思わなかった。
もう勝手にしてくれ………
落胆と諦めた気持ちで一杯だった。
大きなトランクを引き摺って、ターミナル駅の有人預かり所に荷物を置くと、また同じ美術館に足を向けた。行くところがそこしか思いつかないのでしょうがなく、残りの日数をどう過ごそうか考えていた。飛行機のチケットをキャンセルして再購入するとさらに赤字になる。
重い足取りのままいつもの美術館へ行くと、あの紳士はいなかった。
そして珈琲片手に公園に行くと、呆れた顔をした黒瀬親子が待ち構えていた。
黒瀬は酷い顔の自分を見ると溜息をついた。
「………また喧嘩したの?仲直りするんだよね。」
「うん、するよ」
珈琲を飲みながら、遠い目で答えると黒瀬は眉を寄せた。
「まさかと聞くけど、荷物は?」
「駅に預けたよ。とりあえずホテルを探す。」
「………彼、心配するよ。」
諭すように黒瀬はそう言うが、余計なお世話だった。
今更戻っても、家には誰もおらず、蒼の顔なんて見たくもないし見ることすら出来ない。
嘘をつかれた事が本当に裏切られた気分で、やらせない気持ちをどうする事も出来なかった。
仕事と言い張るなら、仕事なのだろう。
朝倉と観光なり、食事なり行けばいい。
同僚なら隠す必要もないだろうし、嘘をつく必要もない。
別に放って置かれるのはまだよかったが、流石に分かり切った嘘をつかれるのは自分にとって限界だった。
黒瀬が溜息をついて携帯をいじった。
「僕と同じホテルなら一室空いてるし、とりあえずどう?」
「………いやだ。」
「実はね、秘書が体調を崩して、ホテルをキャンセルをしなきゃならないんだ。ボストンのホテルなんてピンからキリだし、同等のキャンセル代払おうと思ってたから、皐月泊まりなよ。あと悠の相手をして貰うと、僕も仕事が捗るから助かるんだけど。」
「……でも。」
「誰も知り合いがいないんだから、こういう時は昔の腹いせだと思えばいいさ。君には散々付き合って貰ったんだから。」
黒瀬は穏やかに笑い、目を細めた。
その黒々とした懐かしい瞳に荒んだ気持ちの自分は、ついつい縋ってしまった。
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