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第47話

葉月は桐生にサンドイッチを作ったのか、皿に置いて渡した。 卵にツナ、ハムなど色鮮やかな具が挟まれており、桐生はあっという間に美味しそうに食べて水を飲んだ。 「…………別れました。」 「え?」 「は?」 申し訳ない困った顔で答えると、桐生と葉月のタイミングが一致し、二人とも驚いた顔を硬直させた。悠は真っ赤になった口元をこちらに向けて、きょとんと大きな瞳をさらに丸くしている。なんだか可笑しくて少し笑って、その可愛らしい悠の口元をナフキンを出して拭いてやった。 「…………遠距離は上手くいかないんだ。喧嘩して別れたよ。」 フォークを取り、麺を絡めとり、ソースがたっぷりとかかったスパゲティを口に含んだ。 口の中にセロリとローリエの香りが広がり、とても美味しい。 「喧嘩って…一体何があったか、聞いてもいい?」 葉月は真剣な声になり、その瞳は憐憫に満ちていた。 「大した事じゃないです。仕事で忙しかったみたいで、ずっと一人でいたんですが、やっとの休みの日を一緒に過ごそうとしたら、嘘をつかれて同僚と出かけて行ってしまったので、頭にきちゃって……。」 「同僚ですか…………。」 驚きながら葉月は同情してくれた。その表情と仕草は一つ上とは思えないほど可愛く見える。 葉月は小柄だがこういう表情をすると学生より若く見えそうだ。 「……あの、ほら、桐生、朝倉さんだよ。随分前から逢ってたみたいでさ。嘘つかれて逢うなら、もういいかなて思えて。本当ボタンのかけ違いかな……。」 歯切れ悪く早口で呟くと、またスパゲティ食べた始めた。 手作りのソースだけあって、やはり美味しい。 「……………嘘だろ。」 桐生がぼそっと呟いた。 「……うん、それはなんていうか…。」 続いて、葉月も合わせるように言葉を詰まらせる。二人とも驚きながら視線を交錯させていた。 「大丈夫、俺も悪いと思うし。」 流石に明け透けに弟である葉月に言うのは気が引けて、一応フォローを入れた。 「……やり直さないのか?」 桐生はそう言いいながら、時計を横目で確認し、珈琲を飲み干してカップを葉月に渡した。 「………いや、別れるのは3回目だし。元々連絡不精だし、恋愛なんて向いてないし、蒼なら自分より素敵な人が沢山いると思う………。」 我ながら素晴らしい消極的な考えだった。 力なく笑うと、悠がまだ欲しそうな顔をしたので手をつけてない部分をよそった。 「……でも兄さんからは連絡くるでしょ?」 葉月の声に、蒼の電話が脳裏に浮かび上がる。 『逢いたい』と言ったあの声が頭に響き、それだけで胸が締め付けられた。 あの後、眠れず蒼の写真を見ようと思ったが、3回も別れているので、全て都度捨てたのを思い出して一人深夜に苦笑したら、すぐに寝れた。 逢いにも行けない、写真すらない、自分には何も残ってなかった。 蒼が見切るのも正解だな、と感じた。 「……………もういいんです。」 どうだろうか、蒼の連絡はあの黒木の電話以来、最後のメールすら開いて読んでいなかった。 たとえメールに甘い言葉が書いてあっても、またボストンのように苦い思い出になるので期待はしなかった。 「………そっか。桐生くん、つけ込むチャンスじゃない?」 葉月はにやりと笑って言うと、桐生と自分はむせた。 「………葉月さん、そう言う事を言うのはやめて下さい。」 「そ、そうですよ。」 桐生の真剣な声に続いて、動揺した自分も擁護した。 「そうかな?」 葉月はにこにこと笑いながら、桐生から皿とグラスを貰い片付け始めた。桐生はまた時計を確認すると立ち上がり、黒い鞄を持った。 どうやら日曜なのにこれから戻って、また仕事らしく、国家公務員も大変だなと少なからず同情した。前は一緒に暮らして、煩いほど家に居て、小言を言われたのに、休暇が終わるとずっと働き通してるようだ。 「それじゃ、俺は行きます。」 「あ、もう行くの?」 葉月はお金を受け取ると、寂しそうに桐生を見つめ二人のやり取りを照れくさく横目で見ていた。知りたいような、知りたくないような変な好奇心が頭の中を巡った。 だが不躾に質問しても失礼にあたるので、いつか機会があれば訊こうと思った。 「ええ、また来ますよ。」 桐生はそれだけ呟いて、こちらに近寄り微笑んだ。 まだスパゲティは皿に沢山残っており、呆気にとられて顔を上げた。 悠もまだ口の中に沢山のスパゲティを入れて、よく噛んで食べている。 「変な人形ありがとうな。……………まだあの人の事を好きなら、ちゃんと気持ちを伝えてから別れた方がいいぞ。」 桐生は悠の頭を撫で、不敵な笑みを浮かべると颯爽と店を出て行った。

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