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第39話

「夕が真面目に仕事してるのからかいにきた」  けれどその口から紡ぎだされるのはいつものムラサキさんの声と口調。  どうやら本当に本人らしい。 「でも、どうやって」  まるでいつもの店にやってきたかのような軽いノリだけど、一応船上のパーティー会場だし、招待されていないと入れないはず。  通りかかったというにしてはばっちりドレスコードを守っているし、疑問が山ほどあるけど、大前提としてなんでムラサキさんがここにいるんだ。  困惑する俺をよそに、ムラサキさんは夜景を肴にかっこよくグラスを傾けている。 「まあコネというかツテがあって」 「あ、出版社だから?」 「……まあ、そんなとこ」  そういえばこの人漫画家なんだった。だったら出版社に知り合いがいてもおかしくないのか。  それにしたってわざわざ足を運ぶ距離ではないと思うんだけど。 「あ、もしかしてボディガードに来てくれたとか?」 「……普段行かないとこでばったり、なんてことになったら隠れてる意味ないし」 「あれ、マジで?」  なにを言ってるんだと怒られるかと思ったのに、図星なのを認められてしまった。どうやら本当に俺のことを心配して、わざわざ来てくれたらしい。そのために面倒だろうにこんなオシャレをして、ツテまで使って。  マジでいい人かよムラサキさん。  さっきまで緊張しっぱなしだったせいで、その予想外の優しさが胸に染み渡る。  まさかムラサキさんの存在にこんなに安心させられる日が来るとは思わなかった。 「なんだよ変な顔して」 「いや、嬉しかったんだけどニヤニヤすると怒られるかと思って」  口元をむずむずさせながらの俺の説明に、ムラサキさんは若干眉間にしわを寄せたけど咳払い一つで済ませてくれた。格好が男前のせいか、いつもよりも棘がない気がする。 「……で、なんかあったのか?」 「なんか色々あったけど危ないことはないから大丈夫」  ムラサキさんが心配する「なんか」はストーカー関係のことだろうし、それについてはなにもない。ポストを見に行く必要性があると気づいたくらいだ。  俺的にはそりゃあ「なんか」は色々あったけど、ムラサキさんに報告することではないから大丈夫だと笑った。  普段は口が悪いけど、この細かな気遣いが結局は優しいんだよな。  そしてあまりそこに居続けるのも悪いと思ったのか、また来ると残してグラス片手にどこかへ行ってしまった。  その際周りの女性の視線を引き連れていたのは、当然だと思うけれど、なんとなくもやもやしたのは、なんという安っぽい独占欲だろうか。

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