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第30話

*****  二次会にも行くぞ、と酔っ払った先輩社員に腕を掴まれそうになるのを何とかすり抜けて、体調が思わしくないので帰ります、と悠希はやっとその場を逃げ出すことができた。  夜の繁華街の人並みに気配を隠して、足早に通りを抜ける。明るいネオンの街並みをどんどん背中から引き剥がして、悠希は最寄りの駅へ向かう人気の無い川沿いの道へと進んでいった。  ここまで来てやっと一息つく。はあっ、と口をついたため息は本日何度目だろう。先ほどの飲み会では少し気弱で大人しい悠希は社員達の格好のからかいの餌食となってしまっていた。  とぼとぼと暗い川沿いの小道を歩きながら悠希は各務とのあの熱い夜を想い出す。それはどんなに些細な触れ合いも鮮明に浮かべることが出来た。 (もう一週間も前のことなんだ……)  それでも、こんなにはっきりと各務の手や肌や唇の感触を憶えている自分になぜか情けなくなってきた。 (課長はいつも一度きりの相手しか必要としていないんだ。だから俺にも、もう二度目はない……)  二人だけの大きな秘め事。その秘密をより濃密にするための一夜の行為。もしかしたら、各務は部下と肌を重ねるなんて危険なことは、したくはなかったかもしれない。 (態度が少しも変わっていないのは、本当はあの夜をなかったことにしたいから、なのかな……)  とうとう悠希はその場に立ち止まってしまった。自分の仄かな恋心。一度は諦めかけたそれは、あの夜に期待となって再び灯り始めた。誰にも言えない秘密を共有することで、各務がほんの少しでも自分に気を留めてくれたなら。 (でも、やっぱりそれは無理だよな……)  はあ、と本日最大のため息をついて悠希が歩き出そうとしたその時、上着のポケットに入れていた携帯電話が震え始めた。  このバイブの間隔はメール受信の知らせだ。上着のポケットから携帯電話を取り出して二つに折られたそれを開く。ピッピッとボタンを押して、受信フォルダに届いた新着メールの発信先を見て驚いた。 (各務課長からだ)  件名は無題。悠希は慌ててそのメールを開いた。 『この前は本当に驚いたが、藤岡の本来の姿が分かって嬉しかった。おまえの隠された部分があんなに魅力的だとは思いもしなかった。どうだろう? これからもあの時のように時々二人で逢わないか?』  これは、どういうことなのだろう。この一週間、各務からはあの夜のことを匂わせる言動は一切皆無だったのだ。それが今になってどうして?  それも、この文面は悠希とさらなる秘密を共有したいということだ。それはセックスをする男は一人につき一回だけ、という各務のルールに反しているのでは?  信じられない気持ちで小さな画面に表示された文字を拾っていく。そのまま、その場に立ち尽くした悠希の携帯電話に、二通目のメールが届いた。それを開こうとする自分の指が震えていることにも、悠希は気づかない。 『あの夜のおまえの乱れた姿が忘れられない。あんなにおまえが美しいとは。あれで終わりたくはない。もちろんこの件は他言はしない。できれば、まだ俺の知らないおまえの姿を見てみたい』

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