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11.弟子の後悔

一方その頃。 テオドールの自室に残されたレイヴンは、ダルさの残る身体を引きずってぼんやりと部屋の片付けをしていた。 自身については起き出したテオドールが自分でやるからいいと言ったのに、 風呂でわざわざ丁寧に身体を清めてくれたので綺麗になったのだが。 部屋は昨日の情事そのままで。 服が床に散らばっているのが視界にチラついて仕方なかったので、自分で勝手に片付けることにしたのだ。 魔法でも整えられるが、繊細さが求められるため、今はできる気がしなかった。 仕方なく風呂場で地道に洗うことにしたのだが、色々と思いだしてしまって一向に捗らない。 「魔法でもいいけど、ダルくて集中力が持たない。かと言って、転がってるままは耐えられない……。 はぁ、流されるんじゃなかった。今までもちょっかい掛けられることはあったけど、 身体を合わせたことはなかったのにな。やっぱり、俺も慰めて欲しかった…とか?」 レイヴンは手を止めて、自身の行動を振り返る。 昨日、魔塔に下された命をこなして帰還したばかりだったのだが。 師匠がいない状態でこなしに行くのは初めてだった。 自分は魔塔主の補佐官であり、魔塔の中でも2番目のランクであることは間違いないのだが。 それはあくまで師匠が押し付けたものであって。 何人かの魔塔の古株である魔法使いたちは未だに納得していない。 あからさまに自分へと敵対心を抱き、テオドールを自身の美貌と身体で丸めこんだなどと、 あることないこと吹聴している。 「師匠のせいで、ある意味嘘じゃなくなったし。あの人たちよりは実力はあると思ってるけど… ますます面倒になりそうだ」 自分でも実力がついてきたという自負はあったが、討伐の命も全て丸く収まった訳ではなく。 怪我人も多数出てしまう事態となった。 それは予想外の魔獣の出現のためだったのだが、驚いた修行中の魔法使いが何名か隊列を崩してしまい、 保護魔法が間に合わなかったのだ。 この事実を嗅ぎつければ、また色々と文句を付けてくるに違いない。 古株たちを黙らせる策を立てるのも正直面倒なのだが、立場上仕方のないことだと溜息を吐く。 「騎士たちがフォローしてくれたから良かったものの、一歩間違えれば死者が出てもおかしくなかった。 やはり、俺だけでは……」 俯いて考え込んでいると、扉がバンと音を立てて開く。 振り返る前に、主の声が背中側からかかった。 「なぁーに感傷に浸ってんだよ。まだ落ち込んでんのか?あのなぁ、最初っから全て上手くいく訳ねぇって言ったろ? 実力と経験は別物だ。誰も死なねぇだけで良かったじゃねぇか」 「……開けるなら静かに開けて下さいよ。分かってますけど、落ち込むのは落ち込むんです。放っておいてください」 「ったく。最初っから完璧にやられたら、俺の立場がねぇだろうが。それに、お前だったから死者が出ずに済んだんだって言ったよな?これ以上ウジウジするんじゃねぇよ」 そう言うと、テオドールはレイヴンの手から洗い途中の濡れた服をひったくり、手を翳す。 淡い光と共に、服が綺麗になって渇いていく。 「っくそ、こういうチマチマしたの面倒臭ぇんだよ。ほら、他のもよこせ」 テオドールは渇いた服をレイヴンへと手渡すと、手を伸ばして濡れた服を手繰り寄せる。 「……どうせなら畳むところまでやって下さいよ。師匠ならできるでしょう?」 「できるが、そこまでするのはもっと面倒臭ぇんだよ。俺は便利屋じゃねぇぞ」 「ホント、派手な魔法が好きですよね。別にいいですけど。俺は疲れてるんで今日はお休みですから」 「まぁ、昨日あんだけニャアニャア言ってたら、疲れてるよなァ?」 ニヤリと意地悪い笑みを向けるテオドールに、レイヴンも分かりやすく笑顔を強張らせる。 「折角、お礼でも言おうかと思ったのに。師匠は人を苛立たせる天才ですよね。ただでさえ師匠抜きで行ったってことで、色々と面倒だって言うのに」 「お前ほどじゃねぇよ。っつーか、そんなことまで気にしてたのか?アイツらも言いたいだけなんだから、 言わせとけばいいだろうが。俺が許可したことに文句を付けるってことは、俺への反逆行為だろ?」 「反逆ってまた大げさな……。あの人たちも俺みたいなどこの馬の骨だか分からない若造がナンバー2なのが気に食わないんでしょうけど。俺も師匠には逆らえませんから」 「だろ?だから気にすんなって。お前のことはディーも過保護に心配してたしよ」 テオドールがディートリッヒの名を口にすると、レイヴンも安心したように、 そうでしたか、と笑顔を見せる。 その顔を見ていると何やらモヤっとしてきたテオドールは、口端を釣り上げた。 「…ほれ、コレで部屋に戻れるだろ?俺のシャツじゃ大きすぎて困るよなァ?」 自分の服を洗っていたレイヴンは、仕方なくテオドールのシャツを引っ張り出して羽織っていた。 しかも風呂場で洗濯をしているのでシャツ1枚のみという格好だ。 テオドールのおかげで自分の服も全て着られるようになり、レイヴンも後は自室に戻るのみのはずなのだが。 どうも師匠のニヤニヤ顔が気になって仕方ない。 「誰かさんのせいで下着まで大変なことになっちゃいましたので。お借りしたまでです」 「なるほどねぇ。それ、どう見ても誘ってるようにしか見えねぇんだけどな」 「……どんだけ欲求不満なんですか」 「そうは言ってもなぁ?綺麗な生足に、チラッチラと見えそうで見えない下半身だろ? 良い眺めじゃねぇか。イイコで待ってたんだろ?」 服を畳み終えたところを見計らい、自身を訝しげに見上げているレイヴンをサッと姫抱きにしてしまう。 一瞬何が起こったか分からなかったレイヴンだったが、自分が抱えあげられたことに気付くと、 何してるんですか!と抗議の声を上げた。 「まぁ、ちょっとだけ。な?」 「はぁっ!?勘弁して下さいよ!ただでさえ、跡いっぱい付けてるから困ってんのに… コレ、目立たなくさせるの面倒じゃないですか!」 「んなもん、認識妨害すりゃいいし。明日はどうせ内勤だからどうでもいいだろ」 「何でもアリかよ、この人は…!何なんですかホントに!」 「あーあー。心配しなくてもちょっとだけだから。明日に影響でるほどはヤラねぇよ」 「もう出てるんですって!腰ダルいし…って、聞いてま…」 またベッドに転がされてしまったレイヴンが、何度か啼かされる羽目になり。 結局ぐったりしたまま、2日連続でテオドールの自室に泊まることになったのは言うまでもなかった。

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