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「まあな。ここにいると落ち着くんだ」 「うん。分かるよ。今日初めて来たけど、俺もこの場所好きだな」  芹沢は桐野を見つめながらそう言うと、また気持ちよさそうに天を仰いだ。その横顔は、六月のぼんやりとした空とは正反対の、くっきりとした鮮やかな輪郭を描いていた。特に、鼻筋のラインが指でなぞりたくなるほど美しくて、桐野はその欲望をぐっと心に押し込めた。  本当に芹沢は、男にしておくにはもったいないほどの綺麗な顔をしている。それは、ただの綺麗さではない。芹沢は心も体も仕草も紛れもなく男なのだが、顔だけが女性のような繊細な造形をしている。そのアンバランスさが、更に芹沢を魅力的に見せている。それに桐野は心を強く揺さぶられてしまう。でも、今の時代、このアンバランスさは何も珍しくはない。オメガという性がこの世に存在し始めてから、もう随分経っている。一つの体に男性性と女性性が混在しているオメガという存在に、桐野は思わず芹沢を重ねて見てしまう自分に驚き、頭を振ってそれを払拭した。 「転校しちまった。俺のかわいい生徒が。やっぱり芹沢先生の言う通りあの子だったみたいだ」  桐野は、急に芽生えたおかしな感情を落ち着かせるように、ゆっくり芹沢の隣まで歩くとそう言った。そのせいで、思い出したように自然と湧き上がってきた悔しさで、手摺を強く握りしめる。 「うん。残念だね。クラスが暗くならないといいけど」  芹沢は屋上から見える景色を遠い目をしながら見つめた。 「俺、どうしたらいいんだろう。あの子を差別することは良くないって、生徒たちに伝えたいのに、それができないんだよ……そんなの教育って言えるのかな?」 「……まあ、そうだね。オメガのことは学校ではタブーだからね。でもそれはオメガに関係なく、担任の桐野先生が自分は絶対差別を許さないって態度をこれからもちゃんと示していけばいいだけのことだろう? やっぱり思春期の子どもたちって、自分が理想とする大人を必要としてると思うんだ。だから俺は、そんな生徒たちを絶対に裏切りたくないって思ってるよ」 「芹沢先生……」  芹沢の言葉がすっと胸に入って来る。その説得力のある言葉には、桐野のこの重い気持ちを一瞬で救い上げてくれるだけの優しさと強い意志が込められている。 「そうだな。俺、すぐネガティブになるんだよ。芹沢先生はすごいな。前向きで。俺の方が一年先輩なのに……悔しいな」  自分はいつも困難に直面すると、物事の考え方を柔軟にシフトできない。物事の悪いところばかりに目が行き、つい行き詰まってしまう。芹沢のように、頭で考え過ぎるよりも、まずは行動を起こす勇気が大切なのかもしれない。それが自分には足りないのだと、桐野は今この瞬間芹沢に気づかされる。 「あ、またネガティブになってるぞ。もうそれ癖になってないか?」  芹沢はおかしそうにそう言うと、自分の肩を桐野の肩に強くぶつけた。 「その理想とする大人に、俺たちが頑張ってなろうぜ! ほら! 元気出せ!」  芹沢はそう明るく言うと、今度は、桐野の尻を、力を込めて叩いた。 「いって~」  桐野はやり返してやろうと思ったが、芹沢は身軽に桐野の攻撃を交わすと、屋上の入り口まで走って逃げてしまう。 「あはは、ごめーん。俺次授業だから、またな!」  芹沢は笑顔で桐野に手を振りながらそう言った。 「ったく、後で絶対お返しな!」  桐野はそう叫ぶように言うと、屋上からの景色を、胸を熱くしながらしばらくぼんやりと見つめた。

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