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第4話

 五歳年下の弟、圭は小さい頃から俺にべったりだった。年の差なのか、圭にとって俺はいつだって優しくて頼れるお兄ちゃんで……愛くるしいクリっとした大きな目を細めながら、屈託ない笑顔で「めぐちゃんが一番大好き」と言う圭が、俺も可愛くて仕方なかった。  小さい頃から、長男だから跡取りだからと英才教育を受けていた俺と、何の縛りもなく自由奔放に育てられた弟。普通なら、「どうして自分だけが」と、ひがんでもよさそうだが、俺は違う。  立場上、大人と関わることが多かった俺にとって、唯一、圭との時間だけが癒しで、誰よりも大事な存在だった。  圭が歳を重ねる毎に、めぐちゃんが兄ちゃんになり、兄貴と呼び名が変わった。そして兄貴と呼ばれる頃には、お互いが目を見て話すことが少なくなり、兄弟の距離は広がるばかりだった。  思春期特有の反抗期なのか、高校生になった圭は俺を避けるようになった。その頃、たまたま彼女を家に連れて来た時だ、俺の感情が壊れてしまったのは。  弟にとって、俺はもう一番ではない。そう思ったと同時に感じた嫉妬心。おまけに、思春期の圭と彼女が二人でどんなことをしているか、雄の顔をした圭を想像しただけでありえないくらいに欲情した。キスはどのタイミングで仕掛けるのか、セックスはどんな体位が好みか、誘うのはどちらからなのか……。  彼女を家に連れて来た日は特に酷く、俺の妄想は止まらなかった。  兄として弟を大事に思う反面、もうそれは違う意味でしかない。とっくに気づいていた。なのに、大学入学を機に圭が家を出る時も、俺は何も言わなかった。いや、言えるはずがない。  実の弟を好きだなんて、ひとりの男として見てるなんて。  ……抱かれてもいいだなんて、口が裂けても言えるわけがなかった。 「帰って来てたんだな。雨、大丈夫だったか?」 「髪もスーツもずぶ濡れ、最悪だよ。兄貴は――なんだよ、全然濡れてねぇじゃん」  茶色い髪がくるんとカールしているのはくせ毛のせいだ。濡れてくせが強く出ている。脱いだ上着は椅子に掛けたままで、近くにスタイリッシュな革の鞄が置かれていた。  箸を持つ手を止め、一瞬だけ視線が合う。けれど、すぐにそらされ食事が再開された。 「傘、持ってたからな」  圭は、やたらデカいダイニングテーブルにぽつんと座っていた。その隣の椅子に手を掛け引き出す。ゆっくりと腰を下ろすと、重厚な椅子を手で引き寄せた。 「相変わらず用意周到だな。さすが、優等生の若旦那様は違うね」 「たまたまだ。朝、天気予報を見たから」  茶化すような口ぶりで、食事をする手を休めることなく会話は続く。  目の前に座らず真横に腰を下ろしたのは、上手く会話をする自信がないから。  意識し過ぎなことはわかってる。けど、真正面はどうしても無理だ。  漆塗りの箸を使って、美味しそうに煮浸しを口元へ運ぶ度に、ゆるくカーブがかった茶色い髪が時々揺れる。  うっかり口元を見て、食事をしているだけの仕草に妙な色気を感じてしまった。  桃色の薄い唇が不規則に動き、嚥下すると喉仏が上下する。ただそれだけのことなのに、ドキドキと鼓動は速くなるばかりだ。 「兄貴、飯食い終わったら風呂貸してくれない?」  見とれているところに、不意打ちで俺を一瞬だけ見るとさらりと言われた。 「……あ、あぁ。いいけど」 「どうしたの。俺の顔に何かついてる?」  あかさまに不機嫌になり、そっけなく聞かれる。 「いや、別に。髪、まだ濡れてるからタオルで拭けよ」  視線の先を流し、気を逸らして出来るだけいつも通りに返事をした。 「風呂入るからいいんだよ。なぁ、ついでに泊めて欲しいんだけど」  なのに泊めてと言われた途端、視界が揺れるくらいに動揺してしまった。  食事をして風呂に入ったら寝る。当たり前の流れだ。それに、ここは圭にとっても実家なのだから、遠慮することもない。  それはわかっているのに、心はわかってくれない。

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