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第15話 Menschliche Liebe

 ヴィル達の背中を見送ったものの、懸念は拭えなかった。  起き上がり、扉の近くへと向かう。大人しくしろと言われてはいたが、身体の痛みはもうほとんどない。  聴覚を研ぎ澄ませ、聞こえてくる微かな声をどうにか拾った。 「まあ、綺麗な人」 「御伽噺(おとぎばなし)に出てきそうね」  そんな噂話に紛れて、男の声が聞こえる。 「僕はね、かつて愛というものがちっとも理解できなかった。ついでに言えば、肉欲もね」  華やかなテノールボイスが、つらつらと言葉を紡いでいく。 「けれど、偶然悪魔祓い(エクソシズム)の現場を見て……僕は、自らの愛欲の正体とその素晴らしさを知ったんだ」  ……何を言っているのかよく分からないが、何らかのきっかけで悪魔祓い(エクソシスト)を志すことになった……と、解釈するべきか? 「そう……僕は世界中の美しき異形……主に女性を愛するために生まれてきたんだと!!!」  いや、やはりよく分からない。 「さて、件の吸血鬼(ヴァンピーロ)くんはどこかな? 大丈夫、僕は殺したり傷つけたりしないよ。むしろ、思う存分愛してあげよう」 「ぶっ殺すぞてめぇ」  ヴィルの低い声が響く。かなり怒っているようだが、男の態度は一切変わらない。 「安心して欲しい。ちゃんと別邸に囲ってみんな平等に愛を注ぐから。なんなら僕が通ってもいい」  ……だから、いったい何を言っているのだ、この男は。 「嫉妬深い子達に時々引っかかれたり殺されかけたりもするけれど……そういった熱烈な愛も、僕は大歓迎だよ」 「話が全然わかんねぇんだけどよ……要するに人間じゃない女のが好みで、ハーレム作りてぇってことでいい?」 「その通り(エッザート)! しっかり分かってるじゃないか!」  ……? 「こちらの方から、なんとも(かぐわ)しい匂いがするね。心が落ち着く匂いだ。……早く対面して、この愛を伝えたいよ」 「それ全然落ち着いてねぇじゃん」 「落ち着いているとも! 普段なら飛び込んでハグをしてるところさ!」  ……???? 「話を聞く限り、なかなかの美丈夫らしいじゃないか。男でも抱けばいつか女性になるし、会うのが楽しみだよ」  ……???????? 「……あ? ふざけんな指一本触れさせねぇぞ」  かなり苛立っているのか、ヴィルの口調はかなり荒々しい。  床に引き倒す音が聞こえたので、すぐさま扉の隙間から外の様子を伺う。  さすがに、ここで戦闘になるのはまずい。 「痛い痛い痛い!!! ダメだよ暴力は! 『彼女』が怒る!!」  癖のついた金髪に、煌めく碧眼の優男が目に入る。なぜか生傷だらけだが、端正な顔立ちだ。  ……と、男を組み伏せたヴィルの腕が、見えない「何か」に弾かれる。  男の痩身(そうしん)を覆うように、「何か」が存在しているのだけは私にも感じ取れた。 「いつもありがとう、愛しい人(アモーレ)。今回も助かったよ」  ……これは……ヒトならざる何者かの力を借りている……と、考えるべきだろうか……? 「僕の愛は海のように深く、そして広い。分かってくれるかい?」  分からない。 「うるせぇオレの愛だって……えっと……なんかよくわかんねぇけどてめぇよりすげぇから!! 神様にも負けねぇし!」 「神の愛と人の愛は違うんだよ?」 「えっマジで!?」 「うん」  ヴィルと悪魔祓いは何やら揉めているようだが、それよりも近付いてくる足音が気になった。  これは……修道院の外からか……? 全力疾走しているような音だが…… 「……あ?」  ヴィルも、その音に気が付いたらしい。金髪の男から距離をとり、様子を見ている。 「あれ、遅かったじゃないか修道士(フラテッロ・)……ぐはぁ!?」  見覚えのある赤髪が視界に入った……かと思えば、金髪の男が顔面に飛び蹴りをくらい、廊下の逆方向に吹き飛ばされる。  そちらにつかつかと歩み寄り、赤髪の悪魔祓い……ローバストラント家のマルティンは、金髪の男の襟首をわし掴んだ。 「……ご迷惑をおかけしました」  そのまま金髪の男を引きずり、修道士マルティンは玄関の方へと向かう。  修道女マリアの慌てたような声も聞こえた。 「……結局、何の用だったのですか?」 「気にしないでちょうだ……気にしないでください。この男、頭がだいぶアレなの」  個性的な口調をどうにか隠そうとしつつ、修道士マルティンは苛立ち(まぎ)れの声音で語る。 「遅かったじゃないか……じゃないのよ。あんたが勝手に飛び出したんでしょ。あと、なりふり構わず口説くの何度目よ。仮にも元神父でしょあんた」 「ふ、フラテッロ・マルティン……出自がどうあれ、僕は……少なくとも今は、一介の悪魔祓いだ。より多くの異形……特に女性を救うのが僕の使命なのさ」  フラテッロ(Fratello)……と、言うことは、イタリア出身なのだろうか。ヴァチカンにより近いイタリアで神父をしていたにもかかわらず、他宗派の勢力が強いドイツで悪魔祓いに……?  何というのか……変わった人物だな……。 「戯言は後で聞いてやるから、とっとと帰るわよ!」  修道士マルティンの怒号が響く。  敵ではあるが、今は同情せざるを得ない。 「僕はテオドーロ! もし心が惹かれたなら、いつでも胸に飛び込んでおいで!」  テオドーロ。やはり、イタリア系の名だ。 「お忙しいところ本ッッッ当に失礼しましたぁ!! あと、そこのチンピラ! 今回は『会ってない』から特別よ!」  この「会っていない」は、おそらくは私に対してだろう。  ……またしても、温情をかけられたということか。 「……えっと……どういうことなんですか……?」 「不審者が入り込みました。それだけのことです」  若い修道女の問いに、修道女マリアは吹っ切れた様子で返す。  いや、本当に……何だったのだ……?  ***  出て行こうか出て行くまいか迷っている間に、ヴィルが部屋の中に帰ってくる。 「……何が、起こったと言うのだ……?」  全くもって訳が分からないので、そう尋ねる。  ヴィルは静かに私を抱き締め、答えた。 「神父様はオレが護ります。……ずっとずっと、オレだけの妻でいて欲しいっす」  いや、待て。  余計に分からなくなった。 「……あ、ああ……?? ……いや、どういうことだ……????」  とにかく、一度、頭の整理をせねばなるまい。  まず、悪魔祓いのテオドーロが私に求婚しに現れ……  ……。求……婚……?  やはり分からない。  どういう状況なのだ、これは……!?

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