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第14話 藍に乱点(4)

 路面電車に乗っていると、そこだけこんもりした大きな木が繁っている。あれは何だろうと思っている間に近づき、瓦を載せた背の低い白壁が続いていて、時代劇に出てくる大きくて静かなお屋敷みたいだ。通り過ぎるとき、電車通りと垂直に交わる小道に向かって大きな鳥居が立っているのにやっと気づく。周りは小さなビルが立ち並び、お店も多い町の中なのに、そこだけひっそりしているのが八幡神社だった。  いつもはひとけのない白壁の通用門が今日は開かれて、大勢の人が出入りしている。  暗くなり始めた境内に、色鉛筆やサインペン、水彩絵の具で描かれた色とりどりの灯籠が吊され、ぼうっと光っている。  灯籠は精霊流しでよく使われるような、ノートくらいの大きさの立方体のやつが多く、子ども会の子どもたちが下手な絵を描く。使い回しの木枠には、祭りの一夜のために毎年白い和紙が張られる。僕も小学生のころは描かされてた。  八幡神社の灯籠もそうなのだろう。通用門から入ってすぐ右手の大きなクスノキのご神木を囲むように、幼稚園児の灯籠がたくさん吊されている。それがやたらと明るく感じられて見上げると、昼間の空の色から夕方の濃い青へ変わっていた。 「純生、何か飲む?」  肩を叩かれた。先輩が指さす方向には、神社の氏子の人たちがビールやジュースを売るテントがあって、人が群がっている。  灯籠のぼんやりしたあかりに照らされ、先輩はとても楽しそうに僕を見ていた。「後にします」と首を横に振りながら、僕もなんだかつられて笑ってしまう。  お祭りだからって何か特別なことやすごく面白いことがあるわけじゃないと、もう、僕たちの年になるとわかっている。  なのにどうして、暗いところにたくさんあかりが灯って、人がたくさんいて、ざわざわしてるだけで、わくわくしてしまうんだろう。  また肩に手が触れる感覚がして振り向くと、「せっかくだから、お参りしていこうか」と先輩が笑っていた。  貸してもらった浴衣の袖を引かれて、飲み物のテントの先に進むと、参道に沿って行列が出来ていた。お参りすると、抽選会のくじをもらえるらしい。奥の社殿に向かって右に舞台が作ってあり、自転車やテレビなんかの景品が並んでいる。  社殿の後ろには大きな木が繁り、そこだけ真っ暗で夜の壁みたいだった。参道に沿って、頭上に企業名や店名の描かれた横長の大きい灯籠がたくさん光っているから、足元は悪くない。けど、行列の進みはやたらと遅かった。 「時間かかりそうだね。止めとく?」 「そうですね。お腹減ったし」  どこからかソースの香ばしい匂いがしてきてたまらなくなり、僕は笑ってうなずいた。

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