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 龍一郎の家を出た二人は、公園までの道のりを並んで歩いていた。 「地縛霊の人、見当たりませんね……」  幸人はキョロキョロしながら、事件を目撃したかもしれない幽霊を探している。  先ほどからこの調子だが、辺りを漂う浮遊霊はいても、特定の場所に縛られる地縛霊はなかなか見つからない。 「この辺りは閑静だからなぁ」  普段から事故もなければ、車通りの多い大通りに面しているわけでもない。  ここ数年で起こった新聞に取り上げられるような大事件なぞ、それこそ連続神隠し事件くらいのものなのだ。  そも、平和な住宅街では地縛霊になる要素がない。 「あ、あの人に聞いてみましょう!」  幸人が指差す先には、足を一切動かさずに、地面の上を移動する老人がいる。  まさしく滑るように、という表現がピッタリな様子を見て、龍之介は気味が悪そうな顔をした。 「すみません、少しお聞きしたいことがあるんですけどー!」  しかし、幸人は怖じ気付く様子もなく老人に向かって歩き出す。 「流石は霊能力者だな……」  小さく呟くと、龍之介はその頼もしい背中を追いかけた。 「お爺さん!」 「え、ワシ?」 「はい。あなたの他にお爺さんなんて歩いてないでしょ?」  老人が自分を指差しながら辺りを見回す。  確かに自分以外に年寄りがいないことを確認して、後ろ頭をかいた。 「いやぁ、人から話しかけられるなんて久しぶりじゃからのぅ。まさかワシが呼ばれとるとは思わんかったわい」 「オバケの人は大体そう言いますよ」 「じゃろうなぁ。して、ワシになんの用じゃ?」 「この先の公園で行方不明になった女の子について、何か知らないか?」  龍之介がスマートフォンに表示された結奈の写真を見せる。  眉間に皺を寄せながら画面を眺めていた老人が唸り……それから、首を横に振った。 「知らんのぅ。ワシも毎日この辺りをフラフラしているわけじゃあないからなぁ」 「そうか……」 「じゃが、少し前に妙なもんを見たぞ」  ため息をついた龍之介に、老人が言う。 「妙なものですか?」 「うむ。ワシら幽霊とは明らかに別もんじゃった。なんというか……あまりの恐ろしさに近づくことも出来んかったわい」  龍之介と幸人が顔を見合わせる。  幽霊でさえも恐れる"妙なもの"。  それが事件に関わっている可能性もないとは言えない。  幸人が急いでメモ帳とペンを取り出す。 「それって、どんな姿をしてましたか?」 「ボサボサの長い髪をした人間じゃった。性別や年齢は分からんが、とにかく汚くてのぅ」  老人が嫌そうに顔をしかめる。  その人物が人間なら、すでに不審者として話題に上がっているはずだろう。  しかし、これまで一度もそんな情報は聞かなかった。  ならば、その人物は霊的存在の可能性が高い。 「そいつをどこで見たんだ?」 「確か……スーパーの辺りじゃ」  龍之介が地図を確認する。  スーパーの近くというと、一件目の神隠し事件の現場が近い。 「公園の後で行ってみましょうか?」 「そうだな」  もしかしたら、その付近に痕跡が残っている可能性もある。  行ってみる価値はあるだろうと龍之介は思う。 「ありがとうございます、助かりました」  ぺこりと頭を下げた幸人に、老人が笑いかけた。 「お前さんたち、しばらくはこの辺りにおるのか?」 「はい、事件について調べる予定です」 「なら、仲間に声をかけてパトロールでもするかのぅ。何かあったら、お前さんらを探して声をかけるようにしておこう」 「それは有り難いっすけど……早く成仏してくださいね?」 「ハッハッハ、この世に飽きたらなぁ!」  ひらひらと手を振って、老人が滑るように移動を始めた。  その後ろ姿を見送る龍之介の中に、もう気味が悪いという感情はない。 「……なんつーか、幽霊ってあんな感じの奴が多いのか?」 「そっすね。無害な人の方がたくさんいます」  真美もあの老人も、話してみれば普通の人間と大差なかった。  彼らの様子を見ていると、死後の世界というやつも、なかなか悪くないのかもしれないと思ってしまう。 「行きましょう、龍之介さん。もしかしたら、思ったより早く解決出来るかもしれませんよ?」 「あぁ、期待してるぜ」  そう言ってポンと頭を撫でてやれば、幸人が嬉しそうに笑った。

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