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第23話

鬼の世界の飛行船は気球をいくつも連ねたような形をしている。 三つの大きなバルーンの下に乗り込める機体がついていて、中はなんと座敷になっていた。 ごろんと横になることもできるし、結構快適だ。 てっきり焔一族が使う鬼火とやらでバルーンに熱せられた空気を送っているのかと思いきや、飛行船を経営しているのは赤火(あかび)一族で、鬼火を見ることは今回もできなかった。 赤火一族は焔一族から派生した家で、妖術を使えることから名家に名前を連ねているものの、焔一族とは格に差があるらしい。 運転しているのは赤日一族の秀英(しゅうえい)という若い鬼で、俺と雪音の夏青国と冬白国の往来を担当してくれるそうだ。秀英は左京が信頼している鬼らしく、俺と雪音が暮らす家で使用人もやってくれることになっている。見た目は高校生くらいだろうか。てきぱきと働く姿は頼もしい。 「鬼火と赤火ってどう違うの?」 操作室を見学させてもらえたので、聞いてみる。 「鬼火は青い炎ですよ。人の骨すら焼いてしまう強い炎で、左京様の使う鬼火は山一つ燃やせる火力があるって聞いてます。俺達が使う赤い火は、せいぜいやけて牛の肉くらいですね」 「へぇ、左京って落ちこぼれなのかと思ってた」 「誰が落ちこぼれですと?」 「げっ」 噂の本人が後ろで仁王立ちしている。 「いや、だって、左京が自分で言ってたじゃないか。剣の才も学の才も無いって」 「そうそう、落ちこぼれだったんだけど、鬼火の才は兄弟随一だったんだよねぇ」 「雪音殿っ」 雪音が左京の背中から腰へ手を回して、抱き着いて顔を出す。 俺に対して険しい顔をしていたくせに、雪音が来るとすぐ鼻の下を伸ばす、こまった当主様だ。 「蒼、要様が寂しそうにしているよ」 「あぁ、悪い。つい、いろいろ気になって」 座敷へ戻ると、要が窓から外を眺めていた。閂の仕事から離れたせいか、昔の柔和な顔が戻ってきている。 「何見てるんだ?」 「蒼、やっと戻ってきましたか。あなたはすぐにフラフラするから。下を見てください。夏青国と春桃国の境になっている山です」 「おぉ、緑が濃いな」 「四つの国は、山脈が国境になっているんですよ」 「へぇ。戦争もないし、いい世界だな」 「そうですね。国同士が争うってことはないですね。まぁ、切り取られた小さな世界ですし、どの国も産土の神と冥府の神っていう二つの柱を中心に成り立っているせいかもしれませんね」 「春桃国も、夏青国みたいな感じなのか?」 「それは見てのお楽しみですよ」 要が楽しそうに笑う。こんな笑顔は久しぶりかもしれない。 新婚旅行か。悪くない。 人だった時は、旅行じゃなくて、一週間家に籠ってやりまくり・・・いや、思い出すのはここまでにしよう。 楽しみだ、春桃国。 🔷 「うわ~すごいな!」 着陸前、窓から見える景色に感嘆の声がもれる。 赤、黄色、青、緑、ピンク、色とりどりの建物が並んでいる。ピンクが多いせいか華やかな印象が増す。 家と家の間には紫色の花をつけた木がみえる。すごいカラフルな街並みだ。 そのまま無事に着陸すると、迎えの馬車が用意されていた。 まずはこの国の閂に挨拶に行くらしい。 馬車から見える景色に目が釘付けだった。 夏青国は木造の建物が多いが、春桃国は石造りの建物が多い。 ヨーロッパの建物に似ている。教会のような塔もあるし、街中はショーウィンドウが並んでいる。 「春桃国はガラスの材料になる石灰石が多くとれるんで、ガラス製品が有名です。他にも、暖かい気候なのでお茶や果物などの農産物も豊富な土地ですね」 「へぇ、夏青国より涼しくて過ごしやすそうだな」 「夏青国は陽が強いですからね」 「お、あれが閂の屋敷か?おぉ、洒落た洋館だな。袴姿の俺とはなんだか不釣り合いだな」 「後でドレスでも買いましょうか。蒼のドレス姿またみたいですし」 にっこり笑って腰に手を回してくる要を睨みつける。 「スカートははかないぞ」 「えぇ、じゃあ、レースがついたエプロンとかどうですか?」 「もっと着ないわ!」 そうこうしている間に屋敷の中へ馬車が入る。 ここまでざっと三時間くらい。割と近い。 馬車から降りて背伸びをする。空気がすがすがしい。春の陽気だ。 閂がいるということは、姫もいるということだ。春桃国の姫ということは、あのいやらしい下着と手紙をよこしてきた鬼だ。あまり関わらない方がいいかもしれない。 「月島先生!」 声がした方へ眼を向けるのと同時に抱き着かれた。 「え?吉沢先生?」 「うぇ~ん、やっと会えた~」 泣き出す吉沢助教授にたじろぐ。え?なんで? 「よぉ、久しぶりだな。姫が来てよかったな」 後ろからいかつい鬼がやってきた。見覚えがある。確か吉沢助教授の恋人のインターポールだ。 「お久しぶりです。啓介(けいすけ)さん」 要が知った風に挨拶する。 「なんだ、要、言ってないのか」 「はい、驚かせようと思って。蒼、こちらが春桃国の閂の国分寺啓介(こくぶんじけいすけ)さんで、こちらが姫の吉沢華樹(よしざわはなき)さんです」 「え?記憶あるの?」 「もちろんですよ。俺達と同じように人だった時の記憶があります」 「もう、月島先生ったら、全然降りてこないんだから、心配しましたよ。要君、このまま邪気にやられて死んじゃうんじゃないかって。死んでからもうろうろしてたんですか?」 「いや・・・俺もびっくりで、というかそんなに泣かなくても」 「泣きますよ。あんなに悲しいお葬式、僕は出たくなかったです」 そうか、と思う。吉沢助教授は俺と要の葬式を経験しているのだ。あの悲しい事故は、残された者にとっては、衝撃だっただろう。今まで考えたことはなかったが、叔父や健兄(けんにぃ)にも辛い思いをさせてしまったに違いない。 「そう言ってやるな華、それよりも腹がへっただろう。飯にしよう。こっちだ」 まさか会えると思っていなかった。吉沢助教授にはいろいろと世話になった。死んだあとも礼が言えるならありがたい。もうちょっと、叔父と健兄にも孝行しておけばよかったな。 🔷 積もる話をしながら食事を食べ終えると、華さんの提案でショッピングにでかけることになった。 ちなみに、鬼の世界では苗字は使わないので吉沢助教授とは名前で呼び合うことになった。 要達は政務の話があるらしく、夕食で合流する予定だ。 新婚旅行ではあるが、視察を兼ねているので仕方がない。 「いや~国が違うと植物もやっぱり違うな。山とか行きたいけど、さすがに無理だよな」 「これから大学でいろいろ学べるんだから、今はいいだろうに。蒼は本当に草花が好きだねぇ」 華さんが最初に連れて行ってくれたのは、園芸店だった。広い園芸店は、夏青国では見られない植物がたくさん並んでいて、一日いたいくらいだったが、植物に興味が無い雪音が退屈そうにしているので、仕方なく二時間ほどで切り上げた。 「しっかし、雪音はモテモテだな」 雪音は剣を腰に挿しているせいかオス型だと思われるらしい。通り過ぎる可愛らしい鬼達が視線を寄越してくる。それに気づくと雪音は律儀に笑顔を向けるので、キャーという黄色い声が町のいろんな所で上がっている。 「雪音さんは背も高いですし、引き締まった体も魅力的ですよ。春桃国はどちらかというとメス型になりたい鬼が多いんです。それで、オス型思考の夏青国へ嫁ぐ鬼もたくさんいるんですよ」 「オス型思考?なんだそれ。確かに、夏青国の方が、がっしりした鬼が多い気がするけど」 「白樺一族も確か古くは春桃国から来たって聞いたことがあるね。春桃国は小柄で可愛らしい美鬼(びき)が多いって有名だよ。私は、どちらかというと秋紫国の色気のある美鬼の方が好みだけど」 「白樺一族って紅葉の家か。なるほどねぇ」 「蒼さん、春桃国は美鬼よりももっと魅力的な物があるんですよ。要君も蒼さんが来たら連れてきたいってずっと言ってたんです」 「え?何?」 「そ・れ・は・・・・・チョコレートです!」 「えぇ!チョコレートあるの?この世界には無いと思ってたよ」 「貴重なんですけどね。チョコレートが食べられるカフェが一つだけあるので、次はそこへ行きましょう」 「やった!雪音は食べたことある?」 「聞いたこともないよ。そんなにおいしいのかい?」 「甘くて、苦くて、とろけるのがいいんだよな。雪音は甘いの好きじゃないから、ビターがいいかもな」 「ビターもありますよ。残念ながら保管や輸送の技術が人の世界ほどなくて、他国へ輸出できていないんです。数も少ないですし」 「そうなのか~それは残念だな」 「なので、思う存分堪能していってください」 「ありがたい!要達にもお土産を買っていこう」

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