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皇妃達の洗礼⑦

「馬鹿だな。こんなに酔ってしまうなんて……」  仔空(シア)の火照った頬を玉風(ユーフォン)が撫でてくれる。その冷たい感触が気持ちよくて、仔空は思わず玉風の手を握り締めた。 「今宵は、抱き潰してしまおうと思っていたのに……」  玉風の残念そうな声が聞こえてきたと思ったら、仔空の体がフワリと宙に浮く。 「では、愛しい妃を宮まで送って行くとしよう」  そんな玉風の低い声を聞きながら、大人しく体を委ねる。少しでも瞼の力を抜けば今にも目が閉じてしまいそうだ。  そんな仔空を大事そうに抱える玉風に、家来の一人が声をかけた。 「陛下がそんなことをなさらないでください! 仔空貴人(シアきじん)が歩けないのでしたら我々が……」 「いい、黙っておれ」 「しかし……」 「黙っていろと言っているのだ。聞こえないのか?」 「ヒィッ! も、申し訳ありません!」 「仔空貴人は、俺が桜の宮まで送っていく。少しの間宴を抜けるぞ。回廊の先に馬車を用意しておけ」 「はい。かしこまりました!」  ジロッと鋭い視線を向けられた家来は真っ蒼になり、その場にひれ伏す。  玉風は仔空を抱えたまま、黄龍殿(こうりゅうでん)の出口に向かって歩き始めた。  黄龍殿から回廊に出ると、涼しい風が火照った顔を撫でていく。気持ちよくてうっすらと目を開けた。抱き抱えられているせいか、体がユラユラと揺れて気持ちがいい。そっと見上げれば、玉風が真っ直ぐ前を見つめて歩いている。そのあまりにも凛々しい姿に、思わず視線が釘付けになってしまった。 「どうした? 目が覚めたのか?」 「あ、はい。あの……自分で歩けるので下ろしていただけますか?」 「其方は軽いから気を遣う必要などない。大丈夫だ。もう少し眠っているがいい」  一見強面なこの男が、目尻を下げて笑う度に仔空の鼓動は速くなる。自分だけに向けられる笑顔が、たまらなく好きで……胸が熱くなった。  涼しい夜風が王宮の庭に植えられている木々をサラサラと揺らす。黄龍殿から離れたこの回廊には、星が瞬く音さえ聞こえてきそうで……静かすぎて、少しだけ怖かった。     「なぜそんな怯えた顔をしているのだ? 其方は俺が怖いのか?」 「い、いえ……」  玉風に顔を覗き込まれた仔空は、思わず視線を逸らす。こんなにも立派な皇帝陛下に見つめられることが、恥ずかしくて仕方がないのだ。 「言いたいことがあるのならば正直に話せばいい。其方は俺の妻であると同時に、俺は其方の夫なのだ。だから遠慮する必要などない」 「……はい」 「どうした? 仔空貴人」  優しい眼差しを向けられた仔空の心に熱いものが込み上げてくる。 (この方は、僕の全てを受け入れてくれるのだろうか……こんな僕を……)  玉風の様子を窺いながら、そっと口を開いた。 「僕は乾元(アルファ)が怖いのです」 「乾元が怖い?」 「はい。売春宿では、僕達坤澤(オメガ)は物のように扱われてきました。そこに情けや優しさなんて微塵もない。毎日毎日乾元に好き勝手に抱かれて、身も心もボロボロでした」 「そうか……」 「だから、乾元である皇帝陛下も怖いのです。貴方も僕を物のように扱って、飽きたら捨てるのではないか……。あの売春宿にいた乾元達のように、僕をボロボロにするのではないか……。そう思うと怖くて怖くて……」 「仔空貴人」 「はい」  皇帝陛下に向かい「乾元が怖い」と言ったのだ。気分を害されて殺されても仕方がない……仔空には諦めがあった。所詮、自分はただの坤澤なのだから。 「我々乾元が、其方達坤澤に無礼を働いてすまなかった。どうか許してほしい」 「陛下……」 「だがな、俺は売春宿にいた乾元とは違う。決して其方を物のように扱ったりはしない」  自分に向けられる真剣な眼差しに吸い込まれそうになった。 「其方が嫌がることは決してしない。大事にする」 「…………」 「だから其方の人生を俺にくれ。二人一緒にいればきっと幸せになれる。なぜなら、俺達は運命の番だから」  優しく微笑む玉風の後ろには、ぼんやりとした朧月が浮かんでいる。  仔空はこんなにも温かい言葉を、両親以外の人間からかけられたことがなかったから、強い戸惑いを感じてしまう。でも、それ以上に心が震えるほど嬉しくて、目頭が熱くなるのを感じた。 「陛下、ありがとうございます。そんなお言葉、僕には勿体ないです」 「そんなことあるものか」  玉風の首に腕を回せば、強く抱き締め返してくれる。心が満たされた仔空はそっと玉風に頬ずりをした。 「眠っていいぞ。俺が桜の宮まで送り届けるから」 「はい、陛下……」  王宮に来てからずっと、不安から心が圧し潰されそうだった。目の前の出来事が、ただ怖くて不安だったけれど……ようやく呼吸ができるようになった気がする。 「疲れたなぁ」  仔空はそっと欠伸をしてから目を閉じた。

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