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白の王国と黒の王国

白の王国と黒の王国 この世界には二つの国がある。 黒の王国ニガレオスと白の王国アルブム。 両国は太古昔より嫌悪し合っていた。 黒の王国ニガレオスは別名競争の国と呼ばれた。全国民が蹴落とし合いを行い、幼い頃より弱肉強食の中生き抜いてきた。その成果もあり科学力の進歩は凄まじく、この世界を動かす重要な国でもあった。 白の王国アルブムは別名平等の国と呼ばれた。助け合い手と手を繋ぎ脅威に立ち向かう。競争を嫌い、不平等をなくそうとする人々が住む王国は黒の王国ニガレオスに比べ平和な国だとも言われる。しかし、科学の発展は乏しく、ニガレオスに頼るのは致し方なかった。 そんな正反対の両国はそれでも尚、微妙な関係性でありながら確かな均衡を保ち両国を尊重してきた。それが壊れたのは白の王国アルブムに異世界人クニヒロが現れてからだ。 ニガレオス王国クラトラスト王が側近ナルキスは珍しく音を立てて走っていた。向かう先は玉座の間だ。 「クラトラスト様!」 「うるせぇ、なんだ」 玉座に座るは五年前国王となったクラトラストその人だ。歴代の国王で最も争いを好むと言われるクラトラストの背後には赤黒い血が滴り落ちていた。つい先程人を殺した部屋で平然と仕事をしている。ナルキスは驚き控えていた騎士を睨む。騎士達は薄らと汗をかき目を逸らす。 「ここで何が……」 「生意気な騎士を殺しただけだ」 「また、殺したのですか」 「俺に逆らうバカが悪い。それでなんのようだ。俺は今虫の居所がわりぃんだよ。てめぇも殺すぞ」 ナルキスは瞬きをした後、頭を振った。 「異世界人をアルブムから無理矢理連れてきたと聞きました」 「それがなんだ」 「戦争になります」 「戦争? はっ、それがどうした」 「私は聞いておりません!」 「だからなんだ。この俺様がいちいちお前に許可を取らないといけねぇのか? あ゙? さっさと消えろ。お前も殺すぞ」 ナルキスは聞く耳を持たないクラトラストを諦め部屋から退出する。これ以上彼を怒らすことはできない。ナルキスはその足で異世界人のいる牢に向かった。 牢の中にいた男は黒髪黒目の平凡な男だ。しかし、牢に入れられたというのにその顔に影はない。どこか飄々とした男にナルキスは眉を寄せた。 「ようやく、人が来た! うわぁぁ、本当もう誰も来ないと思って死を覚悟したんだ。それより、俺ここから出れる? 出れるよな? まじ、ここ退屈でさ、早くだしてよ」 「申し訳ありませんが、今貴方をこの牢から出すことは出来ません」 「えー、どうして!」 「王がそれを許していないからです」 「なんだよ、王って。そんなに偉いのかよ、そいつ」 「はい、偉いです」 「そりゃそうだろうさ! でも、その王ってやつがどんだけ偉かろうが関係ないね。だって俺、なにも悪いことしてないし。そもそもその王様、悪逆非道の王様だって聞いたよ!」 「……、王というものはそういうものなのですよ。そう見えるように努めているのです。貴方も死にたくないのなら牢で大人しくしていなさい」 ナルキスはクニヒロに忠告だけを残し、その場から立ち去った。クニヒロが牢から出され、客室を使用することになるのはその数日後のことだった。   クラトラストという男は争いを好み、そしてその全ての争いごとに勝利してきた。その噂は決して嘘ではない。五年前、前王アルトプス王が死去したのち十三の兄弟の中で王位継承争いが起こった。アルトプス王の遺書には兄弟間で殺し合いを行い、唯一生き残った男が王位を継ぐと残された。九男であったクラトラストは兄弟達を殺し、現在王として君臨している。 悪逆非道の王様。そう名高いクラトラストは争い事以外無関心。女はおろか人間にすら興味を持たない。幼馴染であり側近のナルキスでさえ、彼の興味の一部になることはなかった。そのクラトラストが初めて興味を持った男、それが異世界人のクニヒロだった。 「この俺に逆らうか、異世界人」 「俺は逆らうとかそんなんじゃないし。俺はこの世界を変えてやるんだ! この国は間違ってる。争いは何も生まない。なのに、ここの人達は勘違いしてしまってる! 人と人は手を取り合って生きていけるはずなのに……!」 「綺麗事を抜かすじゃねぇか。いいぜ、てめぇの理想郷聞いてやろうじゃねぇか」  数日前、クラトラストが牢に行くと、クニヒロは不貞腐れたように眠っていた。しかし、クラトラストが声をかけると起き上がり、暴言を吐きまくった。それは、まるで幼い子供かのように幼稚な言動だった。しかしクラトラストはそれが新鮮で面白かったようだ。周りは皆従順な人間ばかり。真正面から口答えする人間は初めてだった。  牢からだし、客間に連れて行かれたクニヒロは悠々自適な生活を受け入れた。たまに訪れるクラトラストに鼻を伸ばして話をしていた。ナルキスはクラトラストからクニヒロのお世話係を命じられた。侍女と共にクニヒロの長い話に付き合う。クニヒロはよく笑い、よく怒り、よく泣いた。コロコロと変わる表情。ナルキスとは違う。そしてクラトラストはクニヒロによく笑顔を見せた。 「ナルキスはこの世界のことどう思う?」  いつも通りナルキスがクニヒロの世話をしている時、クニヒロは唐突に言葉を放った。 「この世界……ですか?」 「うん、俺の前にいた国はすっげぇ平和だったんだ。でも、この世界はおかしい。アルブムはニガレオス国民に虐げられて生きてる。俺はそれが許せないんだ」 「ニガレオス国民である私にそれを言いますか」 「そりゃ、俺だってナルキスに言ったって仕方のないことだと思うよ。でも、クラトラストに言っても鼻で笑われるだけだしさ」  恐らく、クニヒロは自身の意見が通らず、仲間を得ることができない状況に孤独感を感じているのだろう。自分が正しいと、クラトラストが間違えているとそう思いたいのだろう。 「そう……ですね……」  意味深そうに頷いたナルキスの返答に肯定の意ととったクニヒロは「そうだろう」と胸を張る。 「そもそも、あり方が間違ってんだ。だってさ、アルブム国民は何もしてない。何もさせてもらえない。いくら凄くなろうとニガレオスに踏み潰される。そしてニガレオス国民は自分達が凄いって見せびらかしてる。ずるいだろ」 「アルブム国民の成果をニガレオス国民が無理矢理奪っていると?」 「うん! お前だって知ってるだろ? 成果を上げたアルブム国民はニガレオス国民になるんだから」 「ごく僅かですが」 「でも、そんなの酷いじゃないか。アルブム国民はようやく自分の国で名をあげられるって時に無理矢理ニガレオスに連れてかれるんだから!」 「そうですか」 「ああ、そうだ! ずるいだろ。ひどいだろ。俺は、そう思う! そもそもクラトラストもいい加減な奴だ。暴力で黙らせようとするし、争い事は大好きだし。そんなの悪い王様だって思われるばかりだ。クラトラストも間違ってる」 「……」 「暴力も争いも何も生まない。あるのは敗北者と後悔だけだ」 「貴方の元の世界には争いはなかったのですか?」 「そりゃゼロじゃなかったよ。でも、俺のいた国はこの世界に比べたら全然いい世界だったよ」 「なぜ世界は平和だったのですか。私も少し興味があります。もし、人が憎しみあってしまったらどうするのですか」 「そりゃ、お互い尊重しあって幸せになるだけだよ!」 「そうですか。分かりました」 「おいっ、どこ行くんだ?」 「私も平和的な思考であろうと思いまして」 「……っ! 分かってくれたのか!」 「それは分かりませんが、一度考えます」 ナルキスは静かに扉を閉めた。 廊下はやけにシンとしている。 恐ろしい闇夜に吸い込まれるようにナルキスはその場から立ち去った。 その日、ナルキスはクラトラストから命を受けた。その内容は『小蝿取り』である。クラトラストはこうも言った。「殺せ」と。 白の国アルブム 第一騎士団長  その男はアルブム随一の剣の達人。 ニガレオス騎士団から雑魚と呼ばれる程弱いアルブム騎士の中で唯一の強者。その彼がクニヒロを取り返しに来ているという。 無論、一人ではない。噂によるとアルブムで名高い冒険者とニガレオス人の巨漢の男を仲間にしているという。ニガレオス人に関しての情報は少ないが腕が立つということだけは確かだった。 クラトラストの命は彼らの命を奪うこと。 そしてクニヒロを奪わせないこと。 ナルキスは馬に飛び乗り、城を出た。振り返ると見慣れた城が聳え立つだけ。数名の騎士と共に煩わしい小蝿取りのため少しの遠出。それだけのために孤高の王は城から出ない。クラトラストはナルキスに声をかけず、クニヒロと話をしている。当たり前だとナルキスは自嘲気味に笑い、馬の縄を握りしめた。  

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