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予言書とナルキス

「俺がいない間にそんなことがあったのか……」  イトロスはナルキスの話を全て聞き終え、納得したように頷いた。 「結局、クラトラストの思い通りになったってことだ」 「そんなことは」 「そういうことだろ」  ナルキスは言葉をつまらせる。確かに、クラトラストの思い通りになったことは確かだった。だが、あの時、ナルキスはクラトラストの従者になったことは自分の決断だ。それに後悔はしていない。 「……はぁ、それより、このあとはどうするつもりだ? ずっとこのままでいるわけでもないだろ?」 「あぁ、もちろん。クラトラスト様に王に戻ってもらえるよう尽力する」 「なぁ、そこだ。俺はさっきからそこにずっと引っかかっている。お前はなぜそこまでクラトラストを王に戻したい。確かにクラトラストが王に戻れば贅沢な生活も元通りだろうよ。でも、お前は権力や金を欲する人間ではないだろう?」  イトロスはずっと頭に引っかかっていたことを口にした。確かにナルキスはクラトラストを王にしたいと息巻いていた。彼にはそれ程までに強い力を持っていると確信していた。だが、だからといって、命からがら逃げてきた今の状況で、クラトラストを王に戻すというのはあまりに無謀すぎる。学院時代のナルキスであれば、そんなこと決して言わなかったはずだ。 「クラトラストに王の器があるってナルキスが信じていることは知っている。けど、そこまで執着する理由が分からない。今、クラトラストとナルキスは死んだことになっている。もう王と配下という関係に縛られないでただの友人関係に戻ってもいいんじゃないか」 「元々、友人関係なんて存在しなかったのにか」 「っ……、そうじゃなくてもだ。お前の報われない恋、捨てたのに捨てられなかった恋だって、今からしたっていいじゃないか。国王を辞めたクラトラストと第二の人生を送ったっていいはずだ!」 「そんなのだめだ! 駄目なんだよ、イトロス」 「なんで、なんでだよ……」  悲痛な顔をしている。互いに。大きな声を出してしまったと、クラトラストのいる部屋を気にするナルキスにイトロスは軽く舌打ちをした。 「そこまで思って、なんで自分の欲に忠実にならない」 「私は自分の欲に忠実だ。クラトラスト様を王にするという欲に」 「違うだろ。お前、本当はクラトラストに抱いてほしいんだろ。従者だ友人だ、そんなのじゃない、愛し合いたいんだろ。それが出来ないから諦めてクラトラストの傍にいられるように従者になったんじゃないのか」 「違う、そんな醜い感情でクラトラスト様を王にと願ったわけじゃない。私は本気で、本気でクラトラスト様が王の器があると思っていたんだ。そして、それは間違いなかった。クラトラスト様はこの国を間違いなく変えた。良い方向に動かした。私さえ過ちを犯さなければ、クラトラスト様は賢王として称えられたはずなんだ!」 「過ち……だと」 「そうだ、私は取り返しもつかない過ちを犯してしまったんだ」 「なんだよ、それ……、過ちって一体……」 「私は、見てしまったんだ。見て……しまったんだ。前王の寝室に隠されていたとある本を」 「本……?」 「イトロス、それは、その本は、予言書だったんだ」 「よ、げんしょ……?」  イトロスは驚き、嗤った。 「そんなもの存在するはずがない」  しかし、ナルキスの後悔に満ちた瞳を見て、嗤うのをやめる。その瞳に嘘偽りはない。 「ばかな、そんなもの聞いたこともない」 「私もはじめは信じていなかったさ。本を読んだ後にだって、信じたくなかった。」  王となったクラトラスト。城に住居を移すことになり、城を大々的に作り変えることになった。学院時代まで城で暮らしていたクラトラストだったが、どうにも古い城がお気に召さなかったことも大きい。その城の改築前にナルキスは王の寝室に入った。貴重な本や重要な書類が隠されていないか確認をするためだ。予言書はその寝室の金庫の中に仕舞われていた。 「偽物だと思わなかったのか」 「思った。一番にそんなものはないと吐き捨てた。だが、あの本は確かに未来を当てていたんだ」 「何が書いてあった。ナルキスはどんな過ちを犯したというんだ」  ナルキスは目を瞑り、本の内容を思い出した。 「異世界人がこの世界に現れる。異世界人は王子らを誑かし、国を崩壊させる」 「異世界人……、本当に書かれていたのか。だが、王子たちは死んでいる。既に予言書の内容は回避されているはずだ」 「違うんだ。違うんだ」 「ナルキス、大丈夫か? 顔が真っ青だぞ。無理しなくていい」 「いい、聞いてくれ。……予言書にはこう書かれていたんだ」  新王を決める際に十三の兄弟で殺し合いを行い、生き残ったものが王となれば、国は救われるだろう。しかし、一人でも兄弟が生き残れば国は崩壊する。  ナルキスは、一人の男を殺さず見逃してしまった。第六王子ユナリオ。彼を、ナルキスは自身と重ねて生かしてしまった。 「予言通りにさせまいと、私も慎重になった。だが、予言書は詳しいことを書いていなかった。だから、異世界人が国を滅ぼすのか、異世界人を慕うものが滅ぼすのか、私には分からなかった。異世界人を殺すとなっても、どんな障害が起きるか想像もつかない。とにかく、異世界人を殺すことも他の人間を殺すことも簡単には出来なかった。私はクラトラスト様の望みを聞きながらも、予言書の通りにならないように細心の注意を払っていたつもりだった。いや、違うな、私は甘く見ていたんだ。どんなことがあっても、負けるはずがないと。クラトラスト様が負けるはずがない、だから、少なくとも王座は奪われることはないと思っていた」 「ナルキス……、いや仕方ないだろ」 「仕方なくなんか、ない。私が原因で国は滅亡するかもしれないんだ」 「それでもお前は、クラトラストに王に戻って欲しいんだろ」 「それは……」 「俺、最初はお前が何をしたいのかよく分からなかった。でも全部聞いて理解したよ、お前の気持ち」 「私の気持ち……?」 「お前はクラトラストに助けてほしいんだ。予言書通りになろうとするこの国をクラトラストの手でその決まった未来を変えてほしいんだ」 「そう……なんだろうな。私は変えてほしいんだ。私がクラトラスト様の賢王の道を閉ざしたのに、それでもクラトラスト様に王でいてほしい。私は、クラトラスト様が、クラストが本当にこの国を、世界を変えてくれるとずっとずっと……」  イトロスはナルキスを抱き締める。震える手を握り、背中をさする。 「分かってる。ごめん、ごめんな、傍にいてやれなくて……。辛かっただろ、自分が国を滅ぼす元凶になるなんて誰だって怖くなる」 「イトロス……」 「ナルキス、怖いだろ。今すごく恐怖に怯えてるだろ。でもな、大丈夫だ。この国は滅びたりしない。俺はクラトラストが賢王になるなんて一ミリも思っていないけど、この国の民は知っている。なぁ、そうだろ? ナルキス。だって、この国の住民は決して、決して、愚王について行かない。何よりも強さを求めるこの国で、王という血筋だけで生きる人間は葬り去られる。クラトラストが若くして王となり国を支えられてこれたのは、確かに民が、人が、お前が、信じたからだ。違うか?」 「ああ、ああ……。そうだ、そうだ」  イトロスはナルキスの頭を撫でる。重たくて温かい掌だ。 「ナルキス、まだ間に合う。まだこの国は滅亡しない。クラトラストの生死も公表されていない。まだ、クラトラストはこの国の王だ。だが、一度代わりの王が見つかれば、再び王になるのは困難になる。動こう、ナルキス。この国のために。今度は俺も傍にいる。肩を並べて、一緒に取り戻そう。予言書なんて、関係ない。決まった未来を覆してこそ二ガレオスの民だ」 「イトロス……、ありがとう。ありがとう。」 「俺だって、愛してるんだ。この国を護りたいんだ。未来を変えよう」  

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