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黒の騎士と白の騎士

 クラトラストの率いる一万の兵は城内制圧に、数千の兵は後方支援として置かれた。前線に立つのは、クラトラスト王その人。その横に控えるは、側近であるナルキスと、新兵器の提供を行ったシルバー。後方に近衛騎士団、貴族兵が並んでいる。クラトラストが馬に乗り、剣を掲げた。鋭く真っ直ぐに伸びる刃が、月光に照らされた時、一万の兵が動き出した。  まず城壁が壊された。復興が終わっていない城攻めはあまりに容易であり、崩れた城壁をよじ登った兵たちは一斉にアデルポル兵と戦いを始めた。その間、クラトラストは玉座に続く道を真っ直ぐに掛けていく。ナルキスも並び、剣を振るう。だが、ナルキスの想像以上に敵兵は少なかった。大貴族の兵がクラトラスト側にあるといえ、元々のアデルポルの兵、寝返った貴族の兵やアルブム兵も少なからずいたはずだ。クラトラストが玉座に座っていたあの日もまた、多くの兵がいた。ナルキスは敵兵を一人捕まえると、壁際に追いやる。 「弱すぎるな」 「ヒッ……、ヒィ……、や、やめてくれ! こ、降参、降参するから、殺さないでくれ!」 「命乞いをするというのか」 「た、頼む……、頼むよ! 俺はただ、ただ、二ガレオスに来たかっただけなんだ! いい暮らしをしている奴らを見返したかっただけなんだ……」  ズボンを濡らし、情けなく震える男をナルキスは壁に叩きつけた。 「妙だね……」  それを告げたのはシルバーだったが、皆同じ気持ちだ。妙だ。可笑しい。こんな弱い者たちに負けたというのか。 「仲違いをしたんだろうよ」 「イトロス?」  イトロスは敵兵に近付いて、手当を行っていた。 「俺、医者だから」 「勝手にしろ」  クラトラストもイトロスも互いに目を合わせようとしない。イトロスは敵兵の腕を触りながら、傷を癒やしていく。 「こいつの怪我は戦でできた傷じゃねぇ。こりゃ、折檻で出来た傷だ。古傷はないってことは、ただのアルブム兵だったか。弱くて、二ガレオスの……、アデルポルの兵に憂さ晴らしに殴られたってとこだろうよ。おいっ、起きてんだろ。武器捨てて、この城出てけ。もう、お前が戦う理由はねぇから」 「お、俺は……、二ガレオスで……、二ガレオス……でぇ……」 「はぁ、先行ってくれ。俺は残る。どうせ、ここはもう戦場にはならないし、俺がいても足引っ張るだけだろうし」 「イトロス……」  イトロスは敵兵達に声をかけている。もうそれ以上話す気はないようだ。クラトラストは無視を決め込み、歩き出す。ナルキスもイトロスが頷くのを確認し、後をついていく。  城壁が壊れ、中にいたのは弱いアルブム兵。アデルポル兵はどこに……。ナルキスがふと、クラトラストから目線を外したその時、キラリと光る何かが見えた。 「伏せろ!」  鉄の雨が降る。銃口から煙がまい、一体が灰色に染まる。 「ハハッ、これで終いだ……」  銃を持つ男達。正真正銘のアデルポル兵だ。銃を降ろし、勝利を確認しようとした瞬間身体が地面に叩きつけられた。 「銃というのは音がなりますからね、やはり隠密には向かない」  銃を持った男の背後にナルキスは回り込み、ナイフで首を掻っ切る。同様に兵たちが銃を持つ敵を抑えていく。 「こ、こちとら、まだ……、まだ……銃は山程あるんだよ……、ほら、見ろ。銃声が鳴り響いてるだろう!」 「左様ですか。因みに、それは庭の方でたむろしていた連中のことでしょうか」  ナルキスが抑えていた兵長と思わしき男が視線だけを窓に移す。発砲音は確かに鳴り響いていた。しかし、銃を持って戦っているのは、アデルポル兵ではない。 「なっ……、なぜ……」 「この城はクラトラスト王の城ですよ。どこでどのように奇襲をかけるべきか知っていて当然のこと。それとも、なぜ、我々が銃を持っているのかという問いですか? それを答えるには些か貴方の命は短すぎる」    血溜まりの城。調子付いたアデルポル兵も一人、また一人と降伏していった。要因は複数ある。まず、大貴族の半数がクラトラスト側についている点。いくらアデルポルが前王の弟であるとはいえ、ここまで敵を回してしまったら、今後の政治が上手くいくとはいえまい。そして、虐殺を可能にしていた銃をクラトラスト兵も所持していたという点。何よりアデルポル兵が持つ銃よりも性能が格段に上だ。弾をいれ、銃口を合わせる前に相手は既に銃を撃っている。勝ち目がなかった。  敗北を覚悟した兵たちは逃げ出し、クラトラストもまたその兵たちを見逃がした。そして、逃げ出そうとする最後の一人に、ナルキスはアデルポルと異世界人クニヒロ、アルブムの騎士デルフィエイダの居場所を聞き出した。   「まさか、こんなところで呑気に寛いでいるとは思わなかったな、アデルポル」  アデルポルがいたのは、クラトラストの寝室だった。何かを焦るように探している。その横に血だらけの大男が一人。二ガレオスの海賊グリズリーだ。そして、ベッドの上で縮こまるクニヒロとそれを支えるアルブムの冒険者リヴールがいた。 「な、なぜ生きている……、クラトラスト」    異様な空気だ。その異様な空気の中で、アデルポルはあまりにも不釣り合いな言葉を発した。クラトラストはその言葉の返事をすることはない。ただ、部屋を見て回る。 「あのうるせぇアルブムの騎士はどうした」  うるせぇアルブムの騎士。デルフィエイダであることは震えるクニヒロでも分かる。クニヒロはベッドの隅にいたデフィエイダを指さした。生きている。だが、今は気絶しているようだ。グリズリーとデルフィエイダ。味方同士で殺し合いをした。想像は容易いが理由は一切分からない。 「敵が攻めてきて、味方同士で戦うとか、アルブムの連中は本当に訳が分からないね。ああ、そこの海賊は二ガレオスの人間だったか」  シルバーは現状として最も最適な発言をした。無意味で無策な同士討ち。だが、クニヒロはその発言に納得出来なかった。 「アルブムを、アルブムの人達を悪く言うな! こ、これは……、これは仕方ないんだ! 予言書とかなんとか、そんなものをグリズリーが欲しがったから、だから!」  クラトラスト兵が城を攻め数分後。すぐに玉座に座っていたアデルポルに状況は伝わった。当初は戦う意思を見せていたアデルポルも状況が悪化し、逃げの選択肢を提案してきた。それを止めたのが、クニヒロだ。二ガレオスとアルブムの公平な未来のために、負けるわけにはいかないと、戦わないといけないと告げた。クニヒロに心酔していたデルフィエイダはすぐに賛同した。だが、グリズリーはただ一言逃げると言った。 「予言書が見つからなかったから……、だからもう要はないって……。そんなのあんまりだと思って、俺……、俺……、引き留めないと、これからみんなで協力して戦わないとって思って……」  ナルキスは改めてグリズリーの身体を見た。血が流れている。しかし、それは剣に刺された為に出来た外傷ではない。クニヒロは抱えていた身体をゆっくりと放す。ぽとりと銃が落ちた。 「間違って引き金弾いちゃって……。でも、グリズリー、まだ生きてたから、俺を襲ってきて、デルフィエイダは庇って倒れたんだ。だから、だから、アルブムとか関係ない!」  デルフィエイダはクニヒロを庇い、グリズリーはクニヒロに銃で撃たれて倒れた。そして、予言書の名を聞いたアデルポルがその所在を探していた。 「そもそも、予言書とか……、なんだよ、それ……。なんなんだよ」  ナルキスはそれを知っている。どこにあるのか、何が書かれていたか知っていた。グリズリーがその存在を探していることも先の戦いで分かっていた。 「チンケな予言書を探してんのか? アデルポル」  未だに棚の書類を漁っているアデルポルにクラトラストは聞いた。 「あ、当たり前だろう! 予言書……、噂には聞いていたが、本当にあるとは……、はやく!早く見つけなければ……。それさえあれば、王に、いや神にだってなれる!」 「くだらねぇな」  クラトラストは容赦無く切り捨てるが、アデルポルはその一つの希望に縋るしかない。何年も何年もクラトラストを王から引きづり降ろそうと模索してきた。異世界人がこの世界に現れた時には、取り入って異世界の知識を得ようと考えた。実際に、アルブムにいたクニヒロに接触し話を聞くと想像以上に戦場で使える知識を持っていた。彼が持つ平等の執着心を上手く利用し、アルブムの民を巻き込んだクラトラスト王殺害計画もうまくいっていた。クラトラストの死体が見つからないことで時間はかかったが、あと数日すれば、実質王になれるはずだった。それも、クラトラストが生きて、城攻めをしてきたことで全てが台無しになった。もう、残された道は死しかない。ならば、少しでも生存の道を得るために未来を知ることのできる予言書に縋りたいのだ。縋るしかないのだ。 「ハッ、ねぇよ。予言書なんか。存在しねぇよ、なぁ? ナルキス。お前が燃やしたんだからよ」  ナルキスは知っていたのかとクラトラストを見る。いや、そもそも予言書自体知っていたのかとも思う。 「も、燃やしただと……」  燃やした。ナルキスは確かに燃やした。灰になる一瞬まで見届けた。見たくない未来が書かれていたから燃やした。燃やして、燃やして、そしてなかったことにした。 「なっ! なぜだ! そんな国家の反映に関わるものを、大馬鹿者が!」 「馬鹿はてめぇだ、アデルポル。フンッ、予言書だかなんだか知らねぇが、クソどうでもいいんだよ。予言書に何書かれてようがこの俺がしてぇことをするだけだ。てめぇのどうでもいい政治なんか知ったこっちゃねぇ。未来は俺が決めんだよ」  アデルポルは唖然とし、ナルキスはポカリと口を開けてから笑った。憑き物が取れたように笑った。  『俺がしてぇことをするだけ』  そうだ、クラトラストという男はそういう男だ。予言書なんか端から破り捨てておけば良かった。クラトラストには、関係のないものなんだから。何を、気にしていたのか。気にすることなんて何もなかった。クラトラストは未来すら打ち勝つ男なんだから。 「アデルポル、降伏をし、直ちに兵を引かせない。あなたに勝ち目はない」 「わ、私は、私は……、この国の王に……、この世界の王に……」 「そろそろ、引いたらどうかな、アデルポル」 「シルバー……」 「大丈夫だよ、君はすぐには死なないから。僕を欺いたんだ。安心して相応の対価を払ってもらう予定だよ。取り敢えず、まずはこの銃の性能を確かめるために一発でどこまで致命傷を与えられるか試してみようか?」 「ひっ、ひぃぃぃ! た、助けてくれ!」 「や、……やめろ!」  シルバーから銃を当てられ、震えるアデルポルに、クニヒロが突き放すように間に割ってきた。両手を広げクニヒロはアデルポルを護る。 「弱い者イジメをするな!」 「弱い者イジメ? これは、報復だよ」 「……だから、だから! そんなの良くないって言ってるんだ! あ、アデルポルは確かにクラトラストを追い込んだよ。でも、それはこの国を思ってのことだ! 二ガレオスは間違ってるから、弱い者に搾取して、強い者だけが残るようなそんな国は間違ってるから、だからアデルポルは意を決してこの国を変えようとしたのに、しただけなのに……!」 「アルブムの人間達、いや、アデルポルかな? 君に間違った知識を与えたのは」 「間違った……?」 「二ガレオスとアルブムは昔同じ国だったんだよ。正確には、アルブムも二ガレオスの国だった。だけどね、二ガレオスとアルブムは分かれることにした。仲違いしたから? 違うよ。人々を二ガレオスから逃がすためにアルブムは作れたんだ」        

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