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第4話 先走りすぎた?

 俺は残りの料理を掻き込むように腹に収めると、温くなっている番茶を一息に飲み干して立ち上がった。  両隣が驚いているのを「お先に」と一言断っただけでさっさと返却口に食器を返してごちそうさまと挨拶をし、食堂を出ずにそのまま先程の四人のいるテーブルに足を向ける。  どちらに先に声を掛けるかはもう決まっていた。 「あの……久し振り、みっくん」  気配を感じて顔を上げた寮長の目が見開かれ、一瞬考えてから口を開いた。 「あー、もしかしてカズくん、か?」 「うん」 「そっか、小学生の時しか知らないからびっくりしたよ~。大きくなったな」  少し引いた感じで、それでもにこやかに応対してくれる。他の三人は不思議そうに俺を見たが、別段それほど興味を引かれたわけではないようだった。当然だろう、俺は先輩たちみたいに類い希な容姿と言う訳でもないごく普通の生徒なんだから。  そして俺が昔からみっくんと呼んでいるこの人が少し腰が引けているのも道理なんだ。だってこの人は──。 「霧川和明です。よろしくお願いします、先輩たち」  俺が深々と腰を折り顔を上げた時、金髪の人以外は若干驚いた様子でこちらを見直した。 「……ああ、霧川の弟なのか。道理で」  無表情に副寮長が呟き、それきり興味を失ったかのように視線をトレイに戻して黙々と食事に戻る。  うん、副寮長には興味持ってもらわなくていいんでそのまま食べててください。  逆に興味を引かれたのか、金髪の人が、 「え? 何? どういうこと?」 と隣のあの人を突付いている。  あの人はしばらく上目遣いに直立不動の俺と若干挙動不審気味のみっくんを見比べてから、意地悪気に唇の端を上げた。  あ、この人、携と似たタイプなのかも。 「榎本の昔の女の弟ってことらしいぜ?」  明らかにからかい口調のその声はしっとりしていて耳に心地良い。  取り敢えず憶えてもらおう作戦は成功したようだった。 「へえぇ~。満、彼女居たんだ」  本気で驚いているらしいその人は、当然ながら小等部時代に見たことがない。これだけカッコイイなら学年が違っても同じ学園内で知らない筈がないから、中か高等部で編入したんだろう。 「長かったよなー霧川とは。小等部の頃から榎本モテモテだったけど、その中でも一段と積極的だったもんな」 「ちょっと浩司、その話後で詳しく」 「やだよめんどい」 「じゃあ満、教えろ」 「ちょっ、なんだよその羞恥プレイ! てか最早いじめだよね、いじめっ」  涙目になっているみっくんを前にして、ああやっぱりこの人がコウジって言うんだ……なんて俺は感動していたわけだが。  そろそろ話し掛けてもいい頃合だよな? 「あのっ、コウジ先輩? でいいんでしょうか。去年の話なんで憶えてないかも知れないけど、商店街で助けていただいてありがとうございました!」  仲間内で盛り上がりかけているところにもう一度深々とお辞儀した。  再びぴたりと会話が止んで、俺はもう口から心臓が飛び出しそうなくらいどきどきしながら反応を待っていた。 「あ?」  あの人は訝しげにもう一度俺の顔をじっと見上げてくる。  ──憶えてないのかな、やっぱ。この人にとっては良くあることなんだろうなきっと。  諦めと、僅かばかりの希望と。  精一杯の勇気を振り絞った俺の体は細かく震えていたようで、それを支えるかのように後ろから背中に手の平が添えられた。 「救急車呼びに電話探してる間こいつの傍についててくれたんですよ。俺もあの時は動転しててちゃんとお礼言えてなかったから……ありがとうございました」  携がいつの間にか斜め後ろに立っていた。  二人揃うと何となく記憶が呼び起こされてきたらしく、先輩は呻いた。 「うー……ああ、何となく判ってきた。あれか、どっかのチームのいざこざに巻き込まれたクチか」 「まさにその通りです」  緊張しまくっている俺の代わりに携が答える。 「災難だったな。まあ、パッと見た感じ傷もなさそうだし、綺麗に治ったのか?」 「ガラスを一枚組み立てたらしいです」  俺の返しにプハッと先輩は吹き出した。 「なるほど! あん時の。思い出した思い出した。もう少し早く気付いてたら怪我させずに済んだだろうに、済まなかったな」  笑いを収めて見つめてきた切れ長の黒い瞳がとても綺麗で引き込まれそうで。  俺は「いえ」とどうにか搾り出したものの、何も言えなくなってしまった。  そんな空気を察したのか、再び携が割り込んでくる。 「それじゃ、あんまり食事の邪魔しても悪いのでお先に失礼します」  携に頭を押さえられるようにして一緒にお辞儀すると、ぐいぐい腕を引かれて俺たちは食堂を後にした。

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