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第34話 ナインボール

「いらっしゃーい、周くん担当は俺ね」  金髪王子がスッと歩み寄り、ぐいぐい手を引いてキューを選ばせている。見た目より強引なのかも。  それを視界の隅に置いたまま、俺はまた自分の手玉に向き合った。大分思ったところに打てるようになってきたぞ。  同じ台に金髪王子と周がやってきて、さっき浩司先輩が教えてくれたみたいにレクチャーしている。  ──つか、王子、最初っからめちゃ手取り足取りな感じなんだけど。気のせい?  俺もハタから見てたらあんなに接近してるように見えてたのかな? 喋る時全部耳の中に言葉囁いているみたいに見えるんですけど気のせいかなっ。  俺に対しては割と強気な周が赤面しちゃってるし……左手台に突かずに腰に回してるのはなんでなんだろうとか、あの周が半分腰砕けてへにゃって崩れそうになってるとか。うはあ~……。  なんだか良く解んないけど流石先輩たちです。  因みに隣では「やりすぎ」と浩司先輩が呟いてました。  悔しいことに俺より筋がいいのか周はあっさりとまっすぐ撞けるようになり、曲げる練習より取り敢えずゲームのやり方を憶えたほうが楽しいからと、浩司先輩とウォルター先輩がナインボールを見せてくれることになった。  まずはバンキング。流石というかもう本当に二人ともぎりぎりいっぱいまで自分のクッションに手球が戻ってきた。僅差で王子の先行。後攻めの浩司先輩がラックを組み、それを眺めていた王子がチェッと舌打ちしているところからみて、ブレイクではナインを落とせないように組んだんだろうと思われる。一応テレビとかでゲームは見たことがあるので、ちょっとしたズレで落としにくいように組むことが出来るとか知識はあった。  あとはもう多彩すぎて俺のしょぼい脳味噌じゃあ筆舌に尽くしがたい。  多分ワザとなんだろう、相手が打ちにくい場所に次のナンバーを残したりして、スピンとクッションを生かした回り込むショットとか、ジャンプボールにマッセと華麗なテクニックを余すところなく披露してくれた。  俺と周は初めて目の前でそんなプレイを見てもう感激の一語に尽きた。  結局ゲーム自体はウォルター先輩が勝ったんだけど、本当ならもっと早くに決着がつきそうなところをわざと引き伸ばしてくれたみたいで、別に浩司先輩は悔しがっていなかった。  試しにやってみたらと言われて俺と周でもゲームをしてみたんだけど、手玉が落ちたりどうやっても撞けない位置にいっちゃったりとファール尽くしで一ゲームに延々と時間がかかり、気付けばもう夕御飯の時間。  また来週も教えてやると言われて、それまでに少しは練習しようと心に誓いながら、智洋を誘うために俺は一旦自室に戻った。  最近どうしてだか一緒に風呂に入らなくなった智洋に寂しく感じながらも、着替えを持って大浴場に向かう。食事は一緒だから別に嫌われたわけじゃあなさそうだった。  やっぱし部屋でずっと一緒だと、たまには一人の時間も欲しいよなあ。  入れ違いに大浴場に向かうのを見送りながら、そう思ったものだ。各々が入っている時間は一人の自由時間になるから、その間にしたいことでもあるんだろうな。彼女いないって言ってたけど、手紙書いたりしてるとか?  うーん。まああんまり詮索しないほうがいいか。  ぽやっと脱衣所で服を脱いでいると、「カズ」と浩司先輩に声を掛けられる。  おおう、風呂で遭遇するのは初めてですーっ!  今出てきたところなのか腰にタオル一枚で、濡れそぼった黒髪から雫が垂れていたりしてですね、めっちゃ色っぽいです。 「あ、お疲れさまです」  なんと言えば良いのか判らず、取り敢えず労いの言葉など。 「さっきはありがとうございました!」 「いいよ、俺たちも楽しかったから」  ぽふんと頭に手を載せてぐりぐりされて、またほにゃんとなってしまう。先輩は何故かキョロキョロと周りを見回していて、 「栗原弟は? 一緒じゃねえのか」  と確認するように言った。  そういや、名前は知らないんだっけ……。 「あ、なんか最近はずっと風呂は時間ずらしてて。智洋に用事ですか?」  見上げると、浩司先輩は頭から手をどけて「いや、用事はねえけど……そうか、一人か」と呟いた。  なんだろ? 俺が一人だと駄目なのかな?  最初の頃ずっと一緒だったから、変に見えるのかなあ。

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