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Shape of the family 家族の形3

 結局のところ。 「おかえり、直。新太君も」 「……恭一郎さんっ!」 「ははは、直、そんなに泣かないでおくれ」  恭一郎さんは、玄関ホールで両腕を広げ、俺達を笑顔で迎え入れてくれた。直は緊張の糸が切れたのか、感極まり、ぼろぼろと涙を零しながら、広げられた腕の中へ飛び込んだ。  いつの間にか直の身長が恭一郎さんを越していたらしく、恭一郎さんの方が包まれているような格好になった。  俺と直の身長は同じくらいだ。俺は、恭一郎さんがそんなにでかくなかったことに若干驚いた。 「ごめんっ、ごめん恭一郎さん、いままでっ」  恭一郎さんは、直の背中をぽんぽんと軽く叩いた。 「連絡を全くもらえなくて少し、寂しかったよ」 「ううっ」  あらら、流石恭一郎さん。ちくりと刺してきた。 「これからは、新太君までとは言わないにしても、節目節目にメール位寄越しなさい」 「はいぃ……」 「で? しばらくは、こちらにいられるのだろう?」  恭一郎さんは、泣いている直に手を回したまま、俺に問いかけてきた。 「はい、基本的には俺の家に泊まる感じで」 「うちにも何日かは泊まって欲しいな。仕事の方はなるべく調整して、帰ってこれるようにする。どうだい、直?」  直はこくこく、と頭を縦に振る。 「……そろそろ良いかな? 僕らも参加させてもらって」 「井川さん! あ、みなさん……!」  わらわらと、おっさん達が集まってきた。どうやら『森と結界の守護者』のメンバー総出で待っていたらしい。  皆で直を取り囲み、頭を撫でたり肩を叩いたり、再会を喜び合う。  俺は少し距離を取り、楽しそうに笑う直の様子を眺めていた。  夕食は、カヴン『森と結界の守護者』での会食となった。 「ええ、じゃあふたりとも、この後新太君の家に行ってしまうのか」 「はい、まだちゃんと両親からの挨拶もさせて頂いてないですし、帰国したその足で来たので、こちらに泊まるのはちょっと」  初っ端から周央家は、ちょっとどころか、かなり気が引ける。諸々世話になりっぱなしだし。 「俺ん家だったら、誰かを突然泊まらせるとか普通にやってましたし、ちゃんと許可も取ってますんで」 「うーん、しかしねえ」  井川さんがちらりと、恭一郎さんを見る。 「そうだ! 今日くらいは親子水入らずで、直君だけこちらに泊まったらどう?」  宮野さんが提案した。  ああ、それが良い、そうしろよ、との発言が続く。 「なあ新太、それで良いんじゃねえ?」 「そ、そうっすね、それが良いと思います!」  俺に問うてきた佐倉さんは、カヴンの中で、兄貴分的な立ち位置にいた人だ。思わず同意してしまった俺に対し、直が問いかけるように、こちらに視線を送る。  俺はうんうんと頷いた。想定外だが、良いと思うって返事してしまったしな。本当は、いまの状況のまま、離れたくはないのだが…… 『本当に平気ですの、アラタ? 想定外というものは、続いたりするものですわよ?』 「大丈夫だって、お前はずっと一緒にいてくれるだろ?」 『それはまあ、そうなのですけれど』 「おおっ、新太お前まさか、使い魔と話してる?」  佐倉さんが素早く突っ込んできた。 「元々精霊化してた猫なんだろ? そんなのと使い魔の契約できるなんてお前、マジで突拍子もねえな。しかもスーザンちゃんより先に契約したって? めっちゃくちゃ怒ってたらしいじゃねえか」 「あれ、その話もう伝わってたんすか」 「あの激怒、僕らのカヴンにも降りかかってきたからね」  井川さんが苦笑いする。  通過儀礼(イニシエーション)も行なっていない人間に、何故あそこまで魔女術(ウィッチクラフト)を教えるのか。  そんな文句の電話がかかってきたそうだ。  スーの怒りは、魔女に関わりを持たない者に、一切術を見せないことを掟とする『森の守り手』のメンバーとしてはごく当たり前の反応だ。  しかし。  何故かダイアナを筆頭に、パトリシア、ダニエル、その他『森の守り手』メンバーは、俺とましろをあっさりと受け入れた。 「新太は、“アラタという何か特殊な存在”として受け入れられているみたいだ」と直は言っていた。 「これまでも型に嵌まらないことを起こしているアラタだ。別にひとつ、その出来事が増えたからといって、何を驚くことがあるもんかね。  そもそも、アラタを選んだのはましろだよ。そしてアラタが、ましろの真名を見極め、告げ、ましろが受け入れたからこそ成り立った契約だ。外野がどうこう言う筋合いじゃあない」  とはダイアナ。  というわけで、俺に対して怒っているのは結局最初から最後までスーひとりだった。 「みんなの胃袋掴んでるだけじゃん、卑怯よ、卑怯なのよ!」  しかしその怒りも、先日、無事終了した。 「何故に鷹!」  集会前の時間を使って森へ使い魔を探しに出かけていたスーが、物凄く厳つい鷹を引き連れて帰ってきた。  応急処置だろう、自分が羽織っていた上着と、フェイスタオルを腕にぐるぐる巻きにして、そこに鷹を載せていた。  口をとんがらせた細っこい少女に、鷹。見た目のギャップにかなりツボって、爆笑してしまった。 「知らないわよだってこの子から来てくれたんだもん初めてだったんだもん!」  と、スーは顔を真っ赤にしながら抗議してきた。 「重くないのか?」 「なんかこいつ、軽いし」 「いやいや、すっげー格好良いよスー、お前凄いな!」 「ふ、ふん! そんなに褒めたって何も出ないし!」  そっぽを向くが、ちゃんと話しをしてくれる。おお、これはご機嫌よろしい感じ? 「……日本のお菓子、ほら、ヨウカン? 作ってくれたら許してあげる」  もちろん俺は速攻で材料を買い集め、鷹姫に献上した。それからの関係は良好だ。 「へえ、スーザンちゃん、鷹とは恐れ入ったなぁ」 「気性がちと荒いからねえあの子。ちょうど良さそうじゃないの」 「ええ、それ、相乗効果で危険度増さないか?」  ははははは、とおっさんどもが笑うが、常日頃スーとお付き合いをする身としては、あまり笑えない冗談だ。 「おい新太、ましろちゃん見せてくれよ。すげえ綺麗な白猫だって?」  ましろは、俺が呼ぶ前にすい、と姿を現した。  皆が席を立ち、わー、綺麗だ可愛いと、あっという間にましろを取り囲む。 『ちょっとちょっと皆様、超希少種雄の三毛猫セバスチャンをお忘れですよ!』 「希少種つっても、お前はもう見飽きたな」 『酷い、酷いです! わーんマスター!』 「はいはい可哀想にね、おいでセバス」  会食もほぼ終わりに近づいていた。リビングに向かう人やコーヒーの準備をする人、帰宅する人、段々と人数が減っていく。  俺もしばらくリビングにいて、スコットランドでの、直との思い出話を披露していた。恭一郎さんにはその都度メールで知らせてはいたが、直が隣にいて、直接話が聞けるとあってか、恭一郎さんは終始微笑んでいた。  そんなこんなで、周央家にかなり長く滞在してしまった。時計を見ると二十三時を過ぎている。遅くなるかもと家に連絡を入れていたが、これ以上はまずい。 「じゃあ、俺はそろそろ」  俺の声に反応して、直が振り向いた。ああ、すんげー笑顔。 「直はここに泊まれよ。連絡してくれたら迎えに来るから」  直はこっくりと、嬉しそうに頷いた。  しょうがない。  その様子が可愛らしくて、俺はその晩、直を当麻家へ連れて帰るのを完全に諦めた。 「私との取り引きの条件を、きちんと守ってくれているね」  タクシーを呼んでもらい、俺は自分の荷物を持って、恭一郎さんと門の前に立っていた。 「はい、そりゃもう全力全身全霊で当たってますよ」  取り引きの上で俺に出された条件は、俺の一生涯をかけての『直のサポート』だ。  衣食住に関わる事柄はもちろんのこと、ベッドの中でも張り切って面倒見てます、とは口に出し辛いのだが、 「うん、そのようだね。魔力も前以上に満ちている。というより、溢れんばかりだったな」  苦笑交じりで返された。直の『受けた精を魔力に転換する』魔法陣については報告済みなので、まあ、確実にバレてるよな。 「今日、直接会って確信したよ。君にあの子を託して、本当に良かった」 「いえ、そんな。俺の方こそ、色々とありがとうございます。ただ……」  はっとして、口を噤む。 「ただ、なんだい?」 「いえ……あの」 「気になることがあるならなんでも言ってくれ。私は君のことを、もう一人の息子だと思っている。君だって、私のことを頼って欲しいんだ」  恭一郎さんを真正面から見た。以前よりもっと白髪の量が増えて、ほぼグレイヘアと言っても良いくらいになっている。極力、心配はかけたくない。でも…… 「その、取り引きの件で、ちょっと」 「ちょっととは?」 「あの」  ごくりと唾を飲み込む。  「俺が直のそばにいたいと思うのは、恭一郎さんと交わした、取り引きのせいなんでしょうか?」  恭一郎さんの目が見開かれる。 「どういうことかな?」 「や、あの……」  俺は、帰国前に起こった直とのやりとりについて、かいつまんで説明した。 「ああ、なるほど」 「少しナーバスになっていただけだとは思うんです。でも、やっぱそこ改めて言われると自信を無くすというか……恭一郎さん?」  恭一郎さんは、ふふふと笑っていた。   「ああ、いや、すまない。君たちでも、そんなことがあるのだなと思って」 「そんなこと?」 「気持ちを疑うことだよ。はたから見れば、杞憂以外のなにものでもないのに……いや、笑っている場合では無いね。申し訳ない、これは私の落ち度だ。伝えるタイミングを失ってしまっていた。取り引きについてだ。  確かに私は君に『君の生涯をかけて、直のサポートをするように』とは言った。しかしそれは言葉にしただけだ。君に直のサポートを一生涯強制する儀式など、してはいないよ」 「え、でも」  俺は恭一郎さんと初めて会った後、確かに、周央家の屋敷の中にある儀式の部屋へ移動し、儀式は行われた。 「相手を一生涯縛り続けるということは、つまり縛る側もその間、大なり小なり魔力を使い続けることになるからね。さすがに、軽々にはできないよ。もし本当に私がその規模の儀式をやるとするならば、複数人でやるだろう。  君にあの時したのは、私の、願いと祝福みたいなものだよ。ふたりで幸せになれ、とね。  強制力など元々無い」  長い、長いため息が出た。ああ、俺、ほっとしたのか。  俺の様子を見ていた恭一郎さんは、俺の腕をぽんぽんと軽く叩いた。 「いや、本当に申し訳なかったね。君がこんなに思い詰めることになるとは考えていなかった。そもそも私が、君の気持ちを試したいと思ってわざと誤解するように仕向けたせいだ。  早く伝えればよかった」  少し間が開く。しかし、と恭一郎さんが口を開いた。 「こんなにも尽くしてくれている相手に対して、直がそんなことを言うとは。あまりにも的外れだな。大体あの子も冷静に考えれば、私一人の儀式で一生涯など、無理なことはわかっただろうに……これは、お説教かなあ」  恭一郎さんが、にやりと笑った。 「あっ、いえあのそんなっ」 「ははは、冗談だよ、安心してくれ。とにかく私から、あの子には説明しておく。一発で理解できないようなら、本気の説教コースだけれどね」 「あはは」  苦笑いで返してしまい、これで合ってるのか? と思っていたら会話が途切れていた。  俺は道の左右を確認する。タクシーはまだ来ない。街灯の明かりを陽の光と勘違いした蝉が、ジージーと鳴いている。  俺はその段になってやっと認識した。日本はかなり暑い。汗がこめかみから伝い落ちる。帰国してからいままで全く気がつかなかったなんて、俺も少し、緊張してたのか。 「大丈夫。君達はきっと、お互いに愛を与え合い、貰い合って、これからも共に成長していくよ」  まるで独り言の様に、ぽつぽつと、恭一郎さんが言う。 「かけがえのないもの同士だ。正直羨ましいよ、とても」  俺は、恭一郎さんが垣間見せた寂しそうな横顔に、直を泊まらせる判断をして良かった、と思った。

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