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第21話

 帰宅して、寝るために布団に潜り込んだものの、目が冴えてしまいなかなか眠れない。  以前、諒大からもらったボイスメッセージを再生してみる。 『おやすみなさい、颯さん』  この声を、もう何度聞いたことだろう。いつも同じ声質で、同じセリフを言うだけなのに、聞くたびについ顔が綻んでしまう。 「電話、しちゃおうかな……」  今日なら諒大に電話をかけるための大義名分がある。あれから衣緒はどうなったかを諒大に尋ねればいいのだ。それなら、ごく自然に諒大と話ができる。 「でも、諒大さん、連絡しますって言ってたしな……」  このまま待っていれば、諒大のほうから電話をかけてくれるかもしれない。でも、夜の十二時をとっくに過ぎている。今日は遅くなってしまったからと、諒大は連絡することを先延ばしにしてしまったのだろうか。 「うーん……」  さっきから気になるものがもうひとつ。颯の目の前にあるエコバッグの中には諒大のジャケットが入っている。  諒大には申し訳ないが、アレを嗅ぎたくて仕方がない。 (少しだけ……)  のそのそと布団から這い出て、エコバッグの中からジャケットを取り出し、布団の中に取り込んだ。 「うわぁ、最っ高……!」  颯は笑顔になる。  ジャケットからアルファの匂いがする。これはすごく気持ちがいい。匂いを感じるだけで、幸福感に満たされていく。 「諒大さん……」  ジャケットを抱きしめながら眠る。まるですぐそこに諒大がいるみたいな錯覚に陥って、すごく安心する。 「ごめんなさい、諒大さん。でも、あと少しだけ……」  諒大の匂いがあれば、やっと眠れそうだ。  アルファの匂いがないと眠れないなんて、本当に自分が情けなくなる。  きっと諒大という極上アルファのフェロモンを身体が覚えてしまったのだ。諒大に出会って距離が縮まったことで、本能がアルファの諒大を求めているに違いない。  一度いい生活をしてしまうと、そのあと落ちぶれても、人は以前のように生活水準を落とすことができなくなるらしい。  それと同じこと。運命のアルファに出会ってしまったから、一度極上のフェロモンを味わってしまったから、身体が贅沢を覚えてしまったのだ。 「はぁん……」  諒大のジャケットにウットリしていたとき、颯のスマホが振動する。画面には『諒大さん』の文字。 (諒大さんだ!) 「もしもしっ? 諒大さんっ?」  颯は飛びつくように着信に応じる。するとスマホの向こう側で、小気味いい笑い声が聞こえた。 『相変わらず可愛いなぁ。颯さん、夜分遅くにすみません。今、少し話せますか?』 「あっ……はいっ、ぼ、僕も話したいなって思ってて……」  言った途端にすぐに後悔する。そんなことを言ったら諒大に気があるみたいに思われてしまう。 『俺と話したかったんですか? 颯さんがっ?』  諒大の弾むような声に颯は慌てる。なんとか言い訳をしなければ。 「あっ、あのその……い、衣緒くんのことが気になってて……」 『あー……そっか。そうですか。俺じゃなくて、衣緒くんか……』  諒大は明らかにトーンダウンする。そんなに露骨にガッカリされると、すごく悪いことをしているようで心苦しくなる。 『衣緒くんは、オメガ特別保護課の監視のもと、実のお母さんと暮らすことになりそうです。衣緒くんが『お家に帰りたい』って望んだんです。まぁ、今はまだ決定ではありませんが』 「そうですか……衣緒くんの望む形になるといいですね」 『衣緒くんの母親は、結局、未遂で終わりましたからね。ブローカーに衣緒くんを引き渡した後では、こうはならなかったと思いますよ。颯さんのおかげですね』 「違いますっ、諒大さんが助けてくれたからですっ」  諒大に「ありがとうございました」を伝えると、諒大は『颯さんに言われるととても嬉しいです』と嬉しそうな声で言う。 『でも颯さん。あんな無茶は二度としないでくださいね。怪我は? まだ痛みますよね……。もっと酷い目に遭わされることもあります。トラブルに巻き込まれそうなときには、すぐに俺を呼んでください』 「はい。ごめんなさい……怪我は、心配しないでください、お薬も貰えましたから」  諒大に叱られて、こんな自分を心配してくれている人がいるなんてと嬉しく思う。叱られて嬉しいなんて変なことなのに。 「でも、衣緒くん、昔の僕みたいで放っておけなかったんです。大人に逆らえなくて、いつも施設の大人たちの顔色ばかり伺って、ビクビクしてた僕みたいに思えてしまって……」  巻き戻り前、助けられなくて後悔したことは諒大には内緒だ。実は過去に戻って人生をやり直してますなんて、そんなお伽話みたいなことを言っても信じてもらえるはずがない。  あの後悔の気持ちがあったからこそ、二度目のやり直し人生だからこそ、颯は行動することができたと思う。

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