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第46話 運命が変わった

 颯がヒートを起こしてから三度の夜を越えた。諒大は颯がアルバイトを休むことを会社に代わりに連絡してくれ、自分はリモートワークでずっとそばにいてくれた。  お腹が空いたら身体に優しいものを用意して食べさせてくれて、身体が汚れたらバスルームに颯を抱えて連れていき隅々まで綺麗に洗ってくれた。  三日目の朝には、颯の体調はかなり良くなり、普通の生活が送れるようになっていた。  今はダイニングテーブルの前に座り、エプロン姿の諒大が並べてくれた料理を、時々手を止めながらゆっくりと食べている。  鮭の切り身に優しい味付けの副菜たち。ふわふわの焼き立ての卵焼きはほんのり甘い。野菜たっぷりの味噌汁はヒートの身体に負担なくおいしい。颯リクエストのお粥には、鶏肉や三つ葉、ゴマが少しずつのっていて、諒大のきめ細やかさが料理からも伝わってくる。 「食欲、ありませんか?」  諒大が心配そうな顔で颯の顔を覗き込んでくる。いつも食事にがっつく颯が、今日は妙にゆっくり食べていることに疑問を持ったのだろう。 「あ、いいえっ、食欲めちゃくちゃありますっ!」  颯は覗き込んでくる諒大の顔を手のひらでぐいっと押し返した。  諒大に見つめられるとドキドキする。この数日間、諒大とどれだけ濃厚な時間を過ごしたことか。諒大の顔を見るとそれを思い出してしまうからダメだ。 「なんか、ボーッとしちゃって……」  颯は適当な言い訳をする。すると諒大は「大丈夫ですか?」と颯を気遣ってくれた。 「ヒート中はすごく体力使いますものね。一回のヒートでオメガは全体重の七パーセントを失うって本で読んだことがあります。颯さんも少しやつれましたね」  諒大が颯の頬に手を伸ばしてきたから、颯は思わず身体を後ろに引いた。颯の態度にハッと寂しそうな顔をした諒大だが、「無理せず食べられるものだけ食べてくださいね」とすぐに笑顔を見せた。  食いしん坊の颯が、食事をゆっくり食べているのには理由がある。  体調が戻った今、諒大のマンションから出て行かなければならない。  いつまでも颯がここにいると、諒大はどこへも行けない。仕事だって、プライベートだってずっとこもりっぱなしは困るだろう。  それに、これ以上諒大といたら本当に離れられなくなる。 「あの……これ、食べたら出て行きますね……」  この朝食を食べたらすぐに諒大のマンションから去ると決めた。だから、早く食べ終わりたくない。全部食べてしまったら、諒大と離れなければならないから。 「えっ? もう出て行くんですかっ?」  キッチンに向かおうとしていた諒大が慌てて颯のもとに戻ってきた。 「はい。本当にお世話になりました。僕には返すものなんて何もないけど、いつか必ずお礼します」 「お礼なんていりません。それに、遠慮なくここにずっといてくれて構いませんよ? ほら、まだ三日目だし、無理しないで。またいつ急に身体が辛くなるかもわからないですし」  諒大の話を聞きながら、たしかにひとりでは辛いかもしれないと思った。でも、三晩も諒大に抱いてもらったのだから、これ以上迷惑はかけられない。諒大は優しいから、颯がいて迷惑だと思っていても迷惑じゃないと言っているに違いない。 「お礼、いらないですか……」  諒大に言われて、それはそうだと考え直した。颯が諒大にしてあげられることなんて何もない。 「いえ、あのっ、そういう意味じゃなくて、颯さんは気にすることはないですって意味で」 「はい……たくさん迷惑かけてごめんなさい」 「迷惑なんて思ってないです。むしろこのままずっとここにいてくれても……!」  ピンポーン。   会話の途中で、諒大のマンションのインターフォンが鳴った。諒大は「はい」とそれに応じて、階下のオートロックを解除する。  もう一度、今度は玄関のインターフォンが鳴る。諒大はエプロンを外して玄関へと駆けていった。  諒大は廊下とリビングダイニングのあいだのドアを閉めていったが、颯は訪問者が誰なのか気になって仕方がない。  そっとドアを開放して、颯は陰から玄関の様子を伺う。 「諒大ー。はいこれ、頼まれてたもの!」  玄関から聞こえてきたのは女の声だ。この声はどこかで聞き覚えがある。 「ありがとう、佐江」  諒大の呼びかけでわかった。そうだ。佐江の声だ。

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