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3 美術館とバベルと初デート3

 車のことだと思い付き、慌てるように口を開いた。 「気に入ったというか……すごく綺麗でびっくりしました。こんなにも綺麗な車があるんだって」 「碧くんは私と美的感覚が似ているね。この車を初めて見た時の感想が一緒だ。嬉しいな」  信号が赤になり、車がゆっくりと停まる。ブレーキの衝撃を全く感じさせない緩やかさだ。 「これから行く場所も気に入ってくれるといいな」 「あの……今日はどこに行くんですか?」 「着いてからのお楽しみ、かな」  いたずらを思いついた子供のような眼で碧を覗き込んでくる。 (ち、ちかい!)  息がかかるほど顔を近づけられ、反射的に顎を引く。そんな物慣れない反応に一輝は楽しそうに笑うだけだ。右手が伸ばされ、頭を撫でてくる。 「この間も言ったけど、そんなに緊張しなくていいんだよ。いつもの碧くんの姿を見せてくれると嬉しいんだけど」 「そんな……無理です」  こんなに綺麗で魅力的な人と一緒にいて緊張するなというほうが難しい。  しかも初めてのデートだ。この人とではなく、碧にとって人生で初めての。 「碧くんのことを知って、私のことをいっぱい知ってもらうためのデートなんだから。そうだろう?」 「はい……頑張ります」 「あはは、頑張らなくていいんだよ。そのままの碧くんを私に見せてくれるだけでいいんだ。どんなものが好きか、いろんなものを見てどう思ったか。今なにを考えているかをそのまま話せばいいんだ。私もなんでも君に話すから」  あぁ、そうなのか。デートというのはただ一緒にいるだけではないのか。もっと相手を知るための手段なんだ。だとしたら、ずっと俯いていたり喋らずにいるのは失礼だ。  信号が変わるとまたスムーズに走り出す。  走り始めると風を感じることのない空間が生まれ、また世界が二人だけのような気持ちになる。 「あの、天羽さんはお休みの日はなにをしているんですか?」 「一輝でいいよ。そうだね、学生の頃はよく友人たちと飲みに行ったりしていたけど、最近はもっぱら仕事かな。修行中の身だから覚えることが多くてね」 「意外です……天羽さん……じゃない、一輝さんならなんでもスマートにできそう」 「ははっ、それは買い被りだよ。君の兄上のようになんでもパーフェクトにできるというわけじゃない。まだまだ未熟者だからね」  鷹揚に言われ、だが言葉をそのまま鵜呑みにはできなかった。少なくとも碧よりはずっと何事もスマートにこなしそうだ。今だって運転をしながら碧と話せるくらいだ。もしこれが自分だったらどちらかしかできない。  それを言うとまた笑われた。 「慣れの問題だよ。碧くんも免許を取ったら運転すればわかるよ」

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