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3 美術館とバベルと初デート6

「僕これが好きです」 「ブリューゲルのバベルの塔か。聖書ではこの塔が神によって壊されるまで人々は同じ言語を用いていたと言われているね。この絵は建設中なのかな」 「一輝さん凄い、詳しいんですか?」 「聞きかじりだよ」 「凄い……僕ももっと勉強しないと」 「ネットで探せばすぐにわかるよ」 「ネット?」  耳慣れない単語に首を傾げた。 「……スマホは持っていないのかい?」 「必要ないからって持たせてもらってないんです。あれは使われる側の人間が持つものだし、うちはいつも誰かいるからって」  家族がいなくても執事やお手伝いさんが常に家にいるので、電話を取り損ねることがなく、それゆえに家族には不要だと言われていると伝えると、一輝は一瞬驚いたような表情をしたが、すぐにいつもの優しい笑みに戻って「そうか」とだけ答え、次の絵の話をした。  時間をかけて何度も美術館の中を廻りながらたっぷりと飾られた絵を堪能すると、すっかり昼を過ぎてしまっていた。 「お腹が空いただろう。お昼にしよう」 「はい!」  もうその頃には一輝に対する緊張も一気に和らぎ、家族と接しているような気持ちになっていた。  美術館から出ると一輝はおもむろに入り口に積まれてある分厚い本を一冊手に取り、会計を済ます。なにを買ったんだろうと気にはなったが、それを問うのはなんとなく卑しい感じがして口を噤んだ。  お腹を空かせた二人は美術館のある建物から出ると、一輝のエスコートに従うように駅のほうへと向かう。 「少し歩くけど大丈夫かい?」 「僕は大丈夫です!」 「碧くんはアレルギーとか好き嫌いとかあるのかな?」 「ない……はずです」  家のコックやお手伝いさんが作ってくれた物しか口にしたことがないので、実は碧はよくわかっていなかった。多分大丈夫だろうと高を括る。 「なら店は私のチョイスでいいかな?」 「お願いします!」  さすが休日の渋谷は人で溢れかえっており、碧は物珍しそうに周囲をきょろきょろと見渡した。 「凄い人ですね」 「碧くんは渋谷に来るのは初めて?」 「こんな風に歩くのは初めてです。電車も駅もすごい人だ……」 「電車も気になるのかい?」 「乗ったことがないので」 「修学旅行は?」 「病気があるからって参加してません。クラスメイトの話を聞くからちょっと憧れるんです」  満員電車や新幹線で旅行など、碧とは縁遠く憧れるばかりだ。特に飛行機に乗って海外旅行をしたという話を耳にすると、羨ましくなってしまう。  だが病院や薬の都合で無理ができないと言い続けられているから、すべて諦めるしかなかった。

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