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結婚の証に

<sideイシュメル> 「クリフ殿」 「イシュメルさま。もうお話はお済みになったのですか?」   「はい。つつがなく」 「どういったお話かお伺いしてもよろしいのでしょうか?」 クリフ殿の心配そうな表情に全て包み隠さずお知らせしたい気になるが、レンさまのあのお話をするわけには行かない。 だが、アレ(・・)ならばクリフ殿が関係することだ。 これは知らせておいても構わないだろう。 きっとお二人の仲は上手くいっているはずだろうからな。 「そうですね。お話しできる範囲で申し上げますと……」 含みを持たせた言い方で告げると、クリフさまの喉がゴクリとなる。 どうやら相当心配しているようだ。 「お二人の結婚の日時が早まるでしょう。おそらく明日にでもすぐにと仰るのではないでしょうか。まぁ、ルーファスさまからご報告があるまでお待ちいただくことになるとは思いますが……」 「えっ? そ、それは……まことでございますか?」 「ええ。クリフ殿もお忙しくなられますね」 「いえ、それがまことならこんなにも嬉しいことはございません。この15年、ずっとルーファスさまの結婚式を楽しみにして参りましたから……」 クリフ殿の目がうっすらと潤んでいる。 前国王であられるエルヴィスさまが死の間際にも心配しておられたから、早くそれを墓前に報告して安心させたかったのだろう。 クリフ殿は誰よりもこの日が来るのを待ち望んでいたのだからな。 「ふふっ。そうですね。きっとエルヴィスさまもクレアさまもお喜びのことでしょう」 「もしや、イシュメルさまが早めてくださったのでございますか?」 「いいえ、お二人の……強い愛情が奇跡を起こしたのですよ」 「奇跡を……」 「ええ。あのお二人はきっと素晴らしいご夫夫になられますよ。私が保証いたします」 「イシュメルさまにそう仰っていただけたら、安心でございますね。それでは私はいつ指示を受けてもすぐに結婚式が執り行えるように準備に取り掛かります。今宵は遅くまで本当にありがとうございます」 「いいえ。お気遣いなきように。何かありましたらいつでもお呼びください。私は一度自宅へ戻りますが、結婚式後はこちらで待機いたします」 「はい。よろしくお願い申し上げます」 クリフ殿は深々と頭をさげ去っていった。 クリフ殿のことだ。 もうこの15年の間に全ての準備は整っておられるだろう。 ルーファスさまもおそらく、レンさまと出会ってすぐに婚礼衣装はお作りになっているはずだ。 ということは結婚式は明日の可能性が高いな。 初夜での万が一の事態に備えて、医療道具をここに運んできた方がいいだろうな。 何も使わずに済めばよいに越したことはないが、ルーファスさまのあの興奮っぷりを見る限り、レンさまに煽られて暴走してしまうことは避けられない。 いくら最高の相性といえども、暴走行為までは抑えることはできないのだからな。 何かあればすぐに対処できるようにしておかなければ。 おそらく3日……いや5日は出てこられないだろう……。 数日は眠れなくても済むような薬を用意していくか。 きっとクリフ殿も必要だろうからな。 <sideルーファス> 「レン、早速クリフに結婚式を早めるように指示をしておこう」 「はい。でも、1ヶ月後の予定を組んでいたのなら急な予定変更は難しいんじゃないですか?」 「ふふっ。それは心配ない。神殿で結婚の儀式さえ済ませれば正式に夫夫となるのだ。国内外に伴侶を得たとの報告をしておけば、後で招待客を呼んでパーティーを開けばそれでいい」 「そうなんですね。じゃあ、指輪とかはないんですか?」 「指輪? 指輪ならレンが今つけているだろう?」 私はレンの手を取り、レンの指に嵌っている煌めくあの美しい指輪を見せた。 「あっ、そうか。でも、これじゃなくて……」 「これではない? 何か違うのか?」 「あの、僕のいたところでは結婚して夫婦になると、お揃いの指輪をつける習わしがあるんです。既婚者であるという証でもあり、一緒のものをつけてみんなに夫婦だとわかってもらえるようにという意味もあるんですけど……」 「揃いのもの……なるほどな。それは素晴らしいな」 「でも、確かにもう僕の指にはこんなに綺麗な指輪が嵌っているし、二つもつけるのは無理そうですね」 レンの細くて綺麗な指にはあの美しい指輪がすでに嵌っている。 だが、レンと揃いのものをつける……。 それはぜひ真似をしたい。 指輪以外に何かないか……。 ああっ!! いいものがあるではないかっ!!! これなら、私たち二人だけのものであるし、肌身離さずずっとつけていられる。 ああ、これ以上のものはないな! 「レン! 私はレンと揃いの結婚の証が欲しい。協力してはくれぬか?」 「協力? 僕ができることならなんでもしますけど……何をしたら?」 「ふふっ。すぐに用意させる。ちょっと待っていてくれ」 私は急いでベルを鳴らし、クリフを呼び出した。 「ルーファスさま、お呼びでございますか?」 なんだ? 心なしか嬉しそうだな。 「貼り絵の準備を頼む」 「えっ? 貼り絵、でございますか?」 「ああ、そうだ。すぐに準備を」 「絵師もお呼びいたしますか?」 「いや、絵師は必要ない。レンがいるからな」 「レンさまが?」 「そうだ、驚いていないで早く準備を」 クリフは私の言葉に慌てた様子で部屋を出ていき、すぐにリビングのテーブルに貼り絵の支度を整えた。 「お待たせいたしました」 「ああ、少し外で待っていてくれ」 「承知いたしました」 不思議そうな表情で部屋を出て行ったクリフを見送り、私はレンに話の続きを始めた。 「レン、其方へのお願いだが……これに絵を描いて欲しいのだ」 「えっ? 僕が絵を?」 「ああ、そうだ。これは貼り絵用の特別な材料を使っていて、描き上がった絵をそこから取り外し、身体に貼り付けると皮膚と一体化して一生取れることはないのだ。私はレンの絵を揃いの指輪の代わりに結婚の証として身に付けたい。レン、どうだろう? 受けてはくれぬか?」 「でも……一生消えることがないのに、僕の絵でいいんですか?」 「ああ。レンの絵が欲しいのだ」 「……わかりました。やってみます。どんな絵がいいかリクエストはありますか?」 「そうだな……ずっとつけているものだから、レンを感じられるものがいい」 そういうと、レンは少し考えた様子だったけれど、一度下絵を描いてみますと言ってサラサラと美しい絵を描き始めた。

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