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1-5 お仕事紹介します

 軒先にはいくつもの提灯が垂れ下がっており、白地に赤の五芒星と『安倍野家』と文字が書かれていた。物々しい雰囲気に、ここが歴史ある家であることが見て取れる。  それもそのはずで、安倍野家は数百年前から続く陰陽師の家系だった。葛葉はその当主であり、陰陽師の中の最高峰レベルに当たる。同じレベルに、もうひとつ『安倍家』がある。元は同じ家系であったが、途中から枝分かれをしており、あちらを『表安倍』、こちらを『裏安倍』と呼ばれることがあった。  しかし、そのような歴史ある安倍野家であるが、知る者は一部の者に限られていた。なぜなら、生業が限定しているからである。  色情霊ーーーつまり、性的なことを刺激する霊を専門に除霊、鎮魂するのである。 しかも、そのやり方は非常に特殊だ。安倍野家や安倍家に以前から仕えている一条家一族の中から下腹部に五芒星の痣がある者が現れると、その者の中に色情霊を閉じ込めて、当主が取り出して除霊するのだ。  痣のある者は『瑪且(まそ)』と呼ばれ、生まれつき陰の気が通常の人間より強い。その気は色情霊には惹かれるものがあるらしく、さらに『瑪且』が性的な興奮で昂ると色情霊達は否が応にもその気に引き寄せられてしまうのだ。しかも、『瑪且』の陰の気は霊的にも強く、胎内に入った色情霊達の気も飲み込んで弱体化する力があった。  しかし、なぜか体から取り出すためには、取り入れた時と同じ箇所での性的刺激で、取り入れた時よりも強い快感を得ないと取り出すことが出来ないのだ。そうしないと、陰の気がなんちゃら、霊の気がなんちゃら、と教本で教わったが、そんな御託はどうでもよくて、瑪且にはどちらにせよ傍迷惑なことであった。  今、『裏安倍』こと安倍野家当主、安倍野葛葉(あべのくずは)の膝の上で横たわる、この一条瑪且(いちじょうまそ)は、まさに生まれついてのそういう役回りだった。   一条朱紀も瑪且と同じ安倍野家、安倍家に仕える一条家の一人であるので親戚ではあるが、一条家も大きく血縁的にはかなり薄い。元々安倍家の方に朱紀が仕えていたこともあり、2人の接点はここ半年程のものだ。しかも、表安倍は色情霊退治は専門外なため、朱紀にとって安倍野家の生業、というより葛葉と瑪且のやり取りは、あまりの非日常過ぎて全然慣れることができていなかった。  門の前まで行くと誰もいないのに自然と門が開くが、誰も驚かない。瑪且達を乗せた車両が迎え入れられる。  綺麗に手入れが行き届いた日本庭園の隅に駐車すると、羞恥心と怒りと困惑でフンガフンガと息を荒げながらも朱紀が律儀に後部座席の扉を開いた。  葛葉の細く均整のとれた足が庭に置かれ、すっと中から出てくる。そして、快楽に耐えて息を荒げている瑪且を降ろすと再び姫だっこをして屋敷の中に入っていった。  屋敷に入ると昔から仕えている一条家の好々爺が曲がった背中を更に曲げて、瑪且と葛葉を迎え入れた。やはり瑪且の様子を見ても全く動じず、穏やかな口調で奥を指し示す。 「お帰りなさいませ、葛葉様。お部屋の用意は整ってあります」 「分かった。今から…そうだな。夕方くらいまで部屋に入らないで。それでダメだったら調教部屋の用意を」 「相畏まりました」  葛葉は瑪且を抱えたまま、檜の太い柱が何本も建ち並ぶ廊下を颯爽と歩いていく。途中何人もの使用人ともすれ違ったが、誰も2人の様子に驚く者はいなかった。  歩く振動でさえも体に響き、瑪且は葛葉の体にぎゅっと抱きつく。その姿に葛葉の口許が僅かに緩むが、今の瑪且では気づけなかった。  そうしながら中庭の外廊下を歩いていくと、榊と紙垂が障子戸前に飾られている部屋に到着した。葛葉が何やら小さな声で呪文を呟くとぶわっと強い風が立ち込め、障子戸いっぱいに大きな五芒星が赤く浮かび上がったかと思うとスパンっと小気味良い音を立てて、戸が左右に開いた。  部屋は40畳ほどある広い和室で、真ん中に真っ白な布団が一式敷いてあり、白地に赤い五芒星の紋付羽織が置いてあった。さらに、その周りに5枚の五芒星が書かれたお札が均等に布団の左右上下に置かれ、部屋の四隅には盛り塩、皿に注がれた御神酒があり、布団の横には瓶子と皿が二対置いてあった。  胎の奥がさらに熱くなる。 「っん、ぅう…っっ」  部屋の清浄な空気に生き霊が怯えているのが分かる。ここは除霊を行う儀式の部屋であり、それに反応しているのだ。  葛葉はそっと瑪且を布団の上に降ろす。汗が滲む額を手のひらで撫でられる。 「よく頑張ったね。もう少しだからね、瑪且」 「…っ、葛葉、さん…」  その言葉はいつも瑪且の心を落ち着かせる。しかし、今日はまだまだ時間がかかることが分かりきっていて、素直に安心できなかった。  葛葉が布団の横に置いてあった瓶子を手に取り、皿に御神酒を注いでいく。酒の甘い匂いが鼻腔を擽った。すると、不意に顎を持ち上げられて唇を塞がれる。開いたままの唇の間から、とろりとした液体が咥内に入ってくるのが分かった。  ごくりとそれを飲み干す。 「ん、ぅ…」 「…はぁ…。さぁ、はじめようね、瑪且」 儀式の始まる合図だった。

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