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アルファはどこにいる③

 リュカはフンと鼻から息を吐き、口元を結んでホールの入り口に向かって歩き出した。傍にはやはりディオンが付き添っている。先ほどの声は当然ディオンにも聞こえていただろう。 「ディオン」 「はい?」 「僕のアルファはどこにいるんだ」  リュカのその質問にディオンは一瞬押し黙り、右上の中空を仰いだ。 「僕はいつになったらアルファに会えるんだ」 「はあ」 「オマエが言ったんだろ?オメガはアルファと(ツガイ)になるって」 「っすね」 「僕はオメガなんだろ?」 「……っすね」 「僕のアルファはどこにいるんだ?」 「あぁ、どこっ……すかね」 「もしかしたら、この国にはいないのかもしれない」 「あー」 「どこか遠く、ここではないどこかにいる。だから未だに出会えない。そう思わないか、ディオン」 「っすねえ」  ディオンはリュカの隣に並んで歩き、スンと鼻を鳴らして考えを巡らせるような素振りをみせた。リュカはディオンの答えを待っている。 「まあ、なんにせよ、アンタはオメガなんで……」  ディオンの言葉にリュカは顔を上げた。  ディオンの視線は言葉を探して中空を彷徨っている。 「あんまり人と関わらない方がいいっす、フェロモンで変に誘っちゃって事故るんで」 「それはわかっている。まあ、ハナからあんな下賤のもの達と関わる気はない」 「っすよね」  先ほどの彼らの言葉を幾つか思い出し、リュカはまた苛立ちを覚え、フンと短く息を吐いた。 「あと、あんま自分がオメガだって人に言わない方がいいっす」 「そうなのか?」 「っす、その設定知らない人が多いんで」 「ん? 設定?」 「……え? 設定?ってなんすか?」 「オマエが言わなかったか? 設定って」 「いえ、あ、えーっと、言ってねえっす」 「そうか?」  リュカは歩みを進める自分の爪先に視線を落とす。人並みの中でも安心して歩けるのは、隣にディオンがいるからだ。  王都で過ごした子供時代からの知己であるディオンだけが、いつもリュカの側にいてくれた。    リュカのスタンレイ行きが決まった時も、ディオンは自分の生まれ育った街を離れリュカと共に来ることを「まあ、いーっすよ」と二つ返事で承諾してくれたのだ。 「ディオン、オマエは腰巾着などではない」 「はあ」 「オマエは私の友達だ」  ディオンはリュカを振り向いた。普段あまり動かない表情は、珍しく少し戸惑ったように瞬いている。 「なんだ、どうしたディオン」 「いや」 「友達だから、さっきのような事もしてくれるんだろ?」 「さっきの?」 「触ったり指突っ込んだりするあれだ」 「あー、はい、まあ、うーんと、そっすね」  何やら言葉を濁しているが、ディオンの口調は相変わらず感情を見せずに平坦だ。 「オマエは愛想がなくて、たまに意味のわからないことを言うが」 「はあ」 「しかし、友達としては信頼している」 「あぁ、どーも」  ディオンの視線はまた右上を彷徨った。照れているようにも見えるが、相変わらずディオンの感情はその見た目からは読み取れない。 「まあ、さっきも言いましたけど、オメガだって、あんまり人にバレない方がいいんで」 「そうだな、わかった」 「っす。なんで。友達は、俺だけにしといてください」  言いながら、ディオンは人並みから庇うように、さりげなくリュカの腰を抱き寄せた。

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