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いらっしゃいませ、ご主人様!⑤
その出立は寝巻きではあるものの、シルクのシャツに黒いパンツ姿とそれだけならば違和感はない。しかし、少々イカつい皮のブーツと、翻したローブが目立っている。少女はリュカのその姿を見て目を輝かせた。
「いいですね! コスプレですか? なんのアニメ? とってもお似合いです、ご主人様!」
「は? オマエ、何を言っている? 僕はオマエのご主人様ではないぞ。だいたい、なんだその爪は! ちゃんと手入れしてるのか? 長すぎる! 何やら食べかすが付いているし、不衛生だ! それになぜそんなに内股なのだ! 寒いのならそんなにスカートの裾を短くするんじゃない!」
「やばっ! すっごいなりきってる……申し訳ありません、ご主人さまぁ〜!」
「くっ、馬鹿にしているのか 失礼にも程があるぞ! オマエの主人のところへ連れて行け! 教育がなっていないと、一言文句をいってやる!」
「は〜い! よろこんで! ご主人様! 一名様ご案内〜!」
「だから僕はオマエの主人ではない!」
リュカは憤慨しながら、内股で跳ねるように歩くメイドの後に続いていくと、少し脇道逸れた通りにあるビルの二階へと通された。
ビルの入り口自体は何やら雑然としていたが、案内されたフロアの入り口はポップな色味のデコレーションが施され、店内からは高い女性の笑い声と、ドゥフドゥフと低く響く男の声が交互に漏れ聞こえている。
リュカはその入り口で立ち止まり、眉根を寄せたまま内心不安になりながら、周囲の様子を窺った。
「ここがオマエの主人の邸宅なのか?」
「(その設定まだやるの?)そうですよ〜、お入り下さ〜い!」
「ずいぶんと変わった作りだな、まあいい、早く案内しろ」
リュカはローブのフードを外し、後に手を組んで胸を逸らせた。
ウェール王国の王家の代表として、みくびられるわけにはいかない。あえてその美しい容姿を晒したリュカが店内に入ると、誰もが一瞬動きを止めて注目をした。
「お帰りなさいませ、ご主人さまぁ〜!」
一拍置いて、店内のあちこちにいたメイド達が高く鼻にかかった声を上げた。
リュカは背後を振り返る。特に「ご主人様」らしき人物はいない。いったい彼女達は誰に向かって「お帰りなさいませ」と声をかけたのか、リュカには理解できなかった。
「お席にご案内する前に、料金システムについて説明しますね」
言いながら、メイドの少女は入り口脇のカウンターの上から、上半身が隠れるほど大きなプレートを引き寄せその胸に抱えて見せた。
「料金システム? オマエの主人に会うのに金がかかるのか?」
「というか、ここでは貴方がご主人様ですよー?」
「は?」
「ですから、ここはメイドカフェなので、あなたがご主人様です」
「意味がわからないが」
「(もういいや、めんどくせ)えーと、チャージ料に加えて必ずひとつはドリンクのオーダーが必要となりまーす! ソフトドリンク かアルコールどちらか注文をしてくださいねぇ」
「む、やはり飲食店なのか? よくわからんな。まあいい、確かに腹が減っているから何か食わせてくれ」
「もちろんです、ご主人さまー!」
顎に手を当て料金表を覗き込むリュカはついに理解することを放棄した。
メイドの少女は小刻みな足取りで右手を上げながらリュカを店内へと促している。
「ああ、そうだ。そういえば、今は待ち合わせがない」
リュカが言うと、メイドの少女はぴたりと止まり、手を上げた体制のまま作り笑顔で振り向いた。
「はい?」
「慌てて出てきたものでな。しかし案ずるな。後から遣いを寄越して必ず支払わせる」
「えっと、現金の待ち合わせがないってことですか? カードもいけますけど」
「カード? なんのカードだ?」
「えっと……ペイペイ……は?」
「ぺいっ……え?」
「ディ払いは? ラインペイもできますよ?」
リュカは少女の言葉に、腕を組んで首を傾げる。
「お帰りくださいー、ご主人さまー!」
少女はにこやかにそう言うと、リュカを店外へと送り出した。
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