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好きってこと?①
◇
リュカが瞼を持ち上げてから数分が経っている。
風呂と着替えを借りた後、ユージンのベッドで休ませてもらっている間にそのまま眠ってしまったようだ。
ユージンは何故かリュカの体にはサイズの大きいパーカーと、未使用の下着しか貸してくれなかった。
下半身が解放的なその姿は、計らずしもリュカが元の世界にいる時に自分のベッドでリラックスする時の服装と似通っている。
慣れない地に来てから昨夜一晩歩き回って疲れも限界のはずだった。しかし、それほど長くは眠っていなかったようで、ベッドの脇の開けられたカーテンからはまだ明るい太陽の光が差し込んでいた。
ユージンはリュカの視線に気が付かないまま、寝室の隅に配置されたデスクの椅子に深く腰掛け、ギターを抱えてその弦を指で弾いている。
耳には何やら機械を着けていて、真剣に弾いているというよりも手癖でなんとなくといった様子だった。
「音が出ていないぞ」
リュカは寝転がったまま言った。
寝起きの掠れて小さな声だったせいもあり、ユージンは気がつかない。
リュカがベッドの上に手を置いて起き上がると、その仕草でやっとユージンはリュカが目を覚ましたことに気がついたようだ。耳に当てていた機械を下ろしながら顔を上げた。
「歌わないのか、ユージン」
「え? ああ……」
ユージンはリュカの開口一番が予想と違ったのか、一瞬眉を上げたが、すぐに自分の手元のギターに目を落とした。
「音が出ていなかった」
リュカは先ほど中空に消えた質問をもう一度ユージンに投げかける。
「エレキだからな」
そう言ってユージンは足で地面をたどりながら、キャスター付きのデスクチェアを滑らせ、リュカのいるベッドに近寄ってきた。そして首につけていた機械を外し、それをリュカに手渡してくる。
「これはなんだ?」
「まじか……ヘッドフォンな。つけてみ」
それを両手で受け取り、どうしていいかわからないでいるリュカに、結局はユージンがまたそれを取り返して、リュカの耳に被せた。
ギターはコードを通してデスクの上の機械と繋がれているようだ。
ユージンがギター抱えて弦を弾くと、その振動と共鳴がリュカの耳元で広がった。
リュカは目を見開き、両耳に当てたヘッドフォンを抑えた。
未知との遭遇顔のリュカを見て、またユージンは満足気に笑うと、わざとらしくビブラートを強めてkarmaの曲のメロディラインを弾いた。
「おお! これは昨夜聴いた曲だ!」
翡翠の瞳が窓からの光を含んで輝き、作り物でない笑顔が浮かぶ。
ユージンはそれを見て、また曲を繋いだ。決まりなどないように、気のむくままに、karmaの曲や聴いたことのないアップテンポの曲、そしてクラシックのようなメロディを弾き、適当な調子で鼻歌を唄っている。
リュカは昨日聴いたkarmaの曲以外はどれも耳慣れないものばかりだったが、音楽とは不思議なもので理解などしていなくても感じることができるのだ。
ユージンのギターがクラシックのメロディから再びkarmaの曲を奏でると、リュカは唇を薄く開いて言葉にならないままの歌を口ずさんだ。
「オマエ、歌詞適当だな」
ユージンはギターを弾きながら、笑いをこぼす。
「なんだ? なんか言ったか?」
耳を塞がれたリュカはユージンの口が動いたのはわかったが、はっきりとした声は聞こえなかった。
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