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好きってこと?④

テーブルに置かれたマグカップからは白い湯気が登り紅茶の香りが漂った。 「マンションの前で倒れてたって……なんで?」 「腹が減ってしまってな」 「そーじゃなくて、なんでユージンの家の前だったのかってこと!」  ミライは少し苛立った様子でリュカの答えに首を振った。 「ミライよ。さっきも言った通り、すこし混み行った事情があるんだ」  リュカはソファに腰掛けたままミライを見下ろしそう言った。  ユージンは自分のマグカップを用意してキッチンから戻ってきたところだ。ミライとはリビングテーブルの角を挟んだ隣に腰を下ろした。 「これを見て欲しい」  そう言ってリュカは一冊の「医学書」をテーブルに置くと、ミライの前に滑らせるようにして差し出した。 「あ、ちょっ、オマエ、それっ」  ユージンは何やら焦り、それを奪おうとしたものの、ミライが取り上げて開く方が早かった。 「えーっと、なになに。オメガバースとは、男女の性に加えて、α、β、Ωの性が存在する世界、Ωは男女問わず妊娠することができ、定期的な発情期を迎え……ってナニコレ、BL漫画?」 「ミライ、オマエもユージンと同じく無知だな。それは、マンガではなくだ」  ミライはリュカの言葉に一度顔を上げ、その視線をユージンに送った。  ユージンは何故か背筋を伸ばして正座したまま、ゆっくりとミライの視線に頷いている。  その後のリュカの説明の流れはユージンに対するものとほぼ同じだ。  漫画を読み終えたミライに、リュカは「自分はオメガで、どうやら異世界転生をしてしまったようだ」と説明してやった。 「そして、ユージンは僕の運命の番だ」  ミライはごくりと唾を飲み、ゆっくりと手にしていた本を閉じてテーブルに置いた。  再び確かめるようにユージンに視線を向けたが、今度ユージンの顔はテーブルのマグカップのあたりを所在なさげに泳いでいる。 「えっと、リュカ……王子?」 「なんだ」  ミライは言葉を探しながら、背中を伸ばして座り直した。 「ユージンが運命の番……っていうのは、えーっとあなたはユージンが好きってこと?」  その問いにリュカは首を捻った。 「いいや?」 「えっ⁈」  驚いた声を上げたのはミライではなくユージンだ。 「運命の番とは本能的に感じ取るものだ。好意とはまた別だろう」 「……はあ」  ミライは眉を寄せ、首を捻っている。 「しかし、ミライ。オマエには謝罪しなければならない」 「謝罪?」 「ああ、僕は暫くここで世話になることになった」 「え、あ、はい」 「すまないな、運命のオメガとアルファは離れることはできないのだ。申し訳ないがオマエとユージンには別れてもらうしかない」  そう言いながらもまったく申し訳なさそうではないリュカを見上げ、ミライは強く表情を強張らせた。 「は、キモッ」 「ミライ、これは仕方のないことなのだ。ユージンのことはあきらめてく」 「別れるとかってなに、ユージンと私が恋人どうしってこと?」 「……違うのか?」 「違うに決まってんでしょ!」  ミライはひどく不味いものでも口に含んだような表情で、黒髪を揺らして頷いた。 「なんだ、わざわざ自宅にまで来るからてっきり」 「リュカ、そいつは俺の」 「妹だよっ! ユージンと私は兄妹!」  フンと鼻から息を吐き、ミライは先ほどからテーブルの上に置いたままだった紙袋から何やらいくつかの包みを取り出した。  それはどうやらサンドウィッチだったようで、ミライはぷりぷり怒りながらそれに齧り付いている。 「ミライ、若い娘がそのように大きな口を開けて食べるのははしたないぞ」 「うるひゃい」  ミライは口いっぱいにサンドウィッチを含んだまま、まだ開けてない包みの一つを押してリュカの前に滑らせた。食べろという意味のようだ。 「ユージン、こんな得体の知れない外国人泊めて大丈夫なのっ⁈」 「オマエ、本人目の前にしてなかなか失礼だな」  ミライの言葉にユージンが言った。 「なんだ、僕が信用できないのかミライ」 「そうに決まってるでしょ」  

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