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こっちのリュカ①

           ◇  昇降口から見た穏やかな日差しの中に小さな背中が見えている。  色褪せてところどころほつれたキャップ、背負ったランドセルも黒い塗装がひび割れて、縁の部分が素地の薄茶色を露わにしていた。  洗濯の行き届いていないハーフパンツとTシャツを身に纏い、そから伸びる手足は白くて細く、見ていて不安になる程頼りなかった。  ディオンは一人校門へと向かうその背中を視界にとらえながら下駄箱に上履きをしまい、誕生日に買ってもらったばかりの真新しいスニーカーに足を入れた。  背後から数名の足音が聞こえ振り返ると、クラスメイトの男子が三名ほど足取り軽く走ってくる。 「じゃーな!」 と靴を履き替えながら気軽に声をかけてきた彼らに、ディオンは無言のまま手を上げて答えた。  男子生徒はそのまま昇降口の外へと競うようにかけていく。ディオンはゆっくりと歩きながら彼らの背中を目で追った。 「ガイジーン!」 「ビンボー!」 「きったねー!」  男子生徒達はそんな風に揶揄しながら、前を歩いていた頼りない手足の少年のキャップを奪って放り投げた。  太陽光に照らされ透けるように煌めいた亜麻色の髪が揺れ、ぶたれるとでも思ったのか頼りない手足の少年は咄嗟に頭を抱えてしゃがみ込んだ。  しかし男子生徒は何やらふざけて笑い声を上げながら、その場を走り去っていく。  ゆっくりと歩いていたというのに、ディオンはしゃがみ込んだ背中に追いついてしまった。足元に落ちたボロボロのキャップを拾い上げて、軽く手の甲で払ってやると今付いたにしては多すぎる埃が舞った。 「……はい」  何と声をかけようか迷った挙句、それだけ言ってディオンはキャップをしゃがみ込んだ少年の前に差し出した。  少年はそれに気づくと一瞬びくりと肩を震わせて顔を上げ、翡翠色の瞳が太陽光をその虹彩に滑らせた。  こんな場所で見るには違和感があるほどに美しい。だからみんな気持ち悪いと思うのだろうなと、ディオンは矛盾したことを考えた。  少年は立ち上がり、怯えていたことを隠すかのように表情に平静を取り繕いながら、ディオンの手からキャップを受け取った。 「ありがとう」  変声期前の思った以上に高い声だ。これじゃ女の子に間違えられそうだな、などと考えながらディオンは少年とそれ以上は言葉を交わさないまま校門へと向かい帰路に着いた。  この少年がこちらの世界でのリュカだった。  そしてこの時のディオンはまだもう一つの世界のことを知らない。ディオンがそれを知ることになるのは、この少しだけ後の話だ。

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