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第20話

 はぁ、と駿太郎の口からため息が漏れる。  あれから、駿太郎だけ好き放題されていかされ、気付いたら日曜日の朝だった。しかも友嗣は買ったルームウェアと駿太郎を抱きしめながら同じベッドに寝ていて、記憶が飛ぶほど乱れた自分が恥ずかしくなる。  友嗣はそのあとも、かいがいしく世話をしてくれて、とても上機嫌だった。 (わけがわからない)  節操なしだと思っていた友嗣は、その日は駿太郎に触れるばかりで、駿太郎が彼に触れた覚えがない。セックスが好きなら、自分も気持ちよくしてもらいたいと思うのが普通なのでは、と思ったけれど。 (え? まさか、本当に慰めるつもりで……?)  今だけ忘れなよ、と言った友嗣の言葉通り、記憶が飛ぶほどいかされた。おかげで身体はだるいものの、心は幾分スッキリしているので、快楽物質によるリラックス効果だと思われるけれど。 (友嗣らしい慰め方だな)  濡れたままの髪で出てきたり、のんびりした喋り方をしたりと、子供っぽいところがありつつも、情事に関しては駿太郎より習熟している。そこは経験人数のせいだとは思うが、こんなふうに気遣われたのは初めてなので不思議な感覚だ。  恥ずかしくていたたまれないのに、心の中が温かい。友嗣がそこまで自分のことを気にかけてくれることが、くすぐったくて面映ゆい。  この気持ちと、もう少し向き合えば自分の気持ちもわかるだろうか? そして、ちゃんと友嗣のことを知れば、彼のことが好きになれるのだろうか? (少なくとも、今の友嗣は俺を騙そうなんて考えるやつじゃない)  最初こそ何を考えているのかわからなかったけれど、一度身体を繋げてから、彼の言動は素直そのものだ。やはり友嗣の態度が変わったきっかけは、あの一夜にあるとはわかっているけれど。 「……聞けねぇなぁ。まだ怖がってんのかよ」  友嗣は、本当は駿太郎の身体だけが気に入って、ヤれるならなんだって言うことを聞くタイプなのかもしれない。そんなことを考えてしまい、駿太郎は自分の頭を抱えた。 「だから……うだうだ考えるのが嫌で頑張ってんのに……」  努めて理性的に振舞っていたのが、友嗣の前だとそれが保てなくなってしまう。素でいられるのはいいことだと思うけれど、素の自分は自分でも面倒くさいと思う思考の持ち主だ。女々しい、その一言に尽きる。 「……っと、そろそろ夕飯か。休みの日って時間経つの早いよな」  友嗣は仕事初めなのでおらず、自然と駿太郎の独り言になった。自室のベッドから降り、買った食料品を消費しないとな、と冷蔵庫を開けた。すると、皿に盛り付けられた料理が目に入る。 「え、何これ? おせち?」  重箱に入ってはいないけれど、黒豆や紅白かまぼこ、伊達巻と海老がそれには載っていた。作っている様子はなかったから、多分買ってきたのだろう。それでも綺麗に盛り付けられていれば、用意した人の気持ちが伝わってきてしまうようで……。 「……」  駿太郎は冷蔵庫の扉を閉めて、その場にしゃがみ込む。じわじわと耳まで熱くなるのを自覚して、大きく息を吐いた。顔が熱くて胸が苦しい。 「やば……好きだ……」  立てた膝に顔をうずめて呟く。もう三が日は過ぎてしまったし、本格的なおせちではないけれど、少しでも正月気分をという友嗣の気遣いが嬉しい。しかも、自分がのうのうとベッドで爆睡しているうちに、起きたら食べられるように準備してくれた。  ――尽くされている、と感じたのだ。 「慰めとか言いつつ一方的に気持ちよくしてくれてベッドまで運んでくれて起きた時のメシまで作ってくれるとか……」  最高すぎて怖いんだけど、とにやける顔を腕で押さえる。いま多分、自分は気持ち悪いほどにやけている。 「……かわいいなあ」  立ち上がって冷蔵庫からその皿を取り出し、マグカップに緑茶を用意してローテーブルに持っていった。  ――シュンに食べて欲しいな、って思いながら選んでるよ。  先日聞いた、友嗣の言葉を思い出す。本当に、自分を……自分だけを想って食事を用意してくれることが、嬉しい。 「……信じてもいいのかな」  きれいな料理を目の前に、ポツリと呟いた声は妙に寂しく聞こえた。  ゲイであると自覚してから、甘い恋愛は難しいと感じていた。けれど二年前に別れた彼氏は、駿太郎のそんな願いを叶えてくれた人だった。結果的に浮気を隠すための甘言だったと気付き、裏切られたと……やっぱり自分が望むような恋愛なんかできないのだと、そう思っていた。  けれど友嗣は、駿太郎の望む関係を築いてくれている。同棲と一緒に始めた関係が、すごい早さで近くなっているのがわかる。 「……やめやめ! 俺は決めたはずだ」  同性愛者でも、異性愛者でも、恋愛において傷付かずに生きてはいけない。それなら親戚に何を言われようとも、弟に小言を言われようとも、前だけ見ていけばいいと、最近はそう思い始めていたじゃないか、と自分を奮い立たせる。 「とりあえず飯! せっかく用意してくれたんだから」  むりやり意識を逸らし、両手を合わせた。まずは一番好きな焼き海老から、と手を伸ばす。剥く手間が面倒だけれど、滅多に食べられないものなのでウキウキしながら頬張った。 「……んん!」  冷蔵庫に入っていたから冷たかったけれど、焼き海老独特の香ばしさと身の甘み、ぷりぷり食感に思わず唸る。冷えても美味しいのはいい食材なのかな、と浮かれた頭で考え、あっという間に皿の上を片付けた。  駿太郎はすぐに席を立ち、食器を片付け、出かける準備をする。嬉しさで涙が出そうで、独り言を言いながら誤魔化し、友嗣に会うなら笑顔で、と自宅をあとにした。

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