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第26話 調査と計画が進行中

 皇帝ルカリオと通信鏡で話をし、大魔法陣で土地の浄化を行う計画を進めることになった。  今回はすぐさま動ける内容ではないため、いまごろ宮殿では人選や人員の確保、どのように土地の浄化を行うかなどが話し合われているだろう。  ユーリたちのほうでも、フィズネス公爵領とシノス村の狭間にある、土地の調査に乗り出していた。  病の症状に魔力欠乏症があったので、毒素を含む土が周りの魔力を、むやみやたらに吸い上げていると思っていたのだけれど。 「ここではそういった現象は見られません」  調査隊の一人が拠点となる天幕に戻ってきて、ユーリに報告した内容は意外なものだった。 「では外に撒かれた土は、魔力で毒素を拡げないようにしていた。だが魔力が足りず、周りから吸い上げていたというわけか」  調査隊が見てきたユーリアの墓所は、毒の地とは思えない美しい場所だったとか。  いまのところシノス村で張っている結界の内側には、許可しないあいだ、むやみに入らないよう伝えてある。  実際の毒の測定はできていないけれど、墓所は一面に花々が咲き誇る花畑だったらしい。 「大地にはまだ彼女の魔力が生きていて、地を護っているのだな」  実際に結界の外へ染み出ている毒は、本当に微々たる量だという。 「さすがはユーリィさま」 「しっ、ライ。その話は」 「あ、悪い悪い」  ユーリとともにテーブルを囲んでいたライの発言に、フィンはバシンと彼の背を叩く。  彼らにも前時代の、ディアランとユーリアの話をした。  二人は驚きつつも、ユーリたちの関係を見ていると納得できる、とあっさり飲み込んだ。  しかしほかの者たちからすれば、意味のわからない発言だ。  調査員はライの言葉に首を傾げている。 「気にしなくていい。ほかになにか、わかったか?」 「それが、見間違いかもしれないのですが……フィズネス公爵閣下を見かけたという者が」 「叔父上を?」 「きっと見間違いでしょう。領地が隣とは言え、こんな山奥ですし」  ユーリアの墓所――森にはシノスの長老、フェンロットに許可を得て入らせてもらった。  禁足地であり、本来であれば外の人間が入り込めない場所。  調査員がそう言うのも無理はないが、ユーリはミハエルがわざと姿を見せたようにしか思えなかった。 「わかった。教えてくれてありがとう。引き続き十分注意して調査を進めてくれ」 「かしこまりました」 (叔父上、か。誘いに乗るのは得策ではないが、警戒してそのままにしても良くない気がする。動かないわけにはいかないだろうな) 「ユーリさま?」  調査員が天幕を出て行っても、ユーリが黙っていたら、心配げな声をかけられる。 「あの男の誘いに乗るつもりですか?」 「デイル、そんな怖い顔をしないでくれ。僕だって乗り気じゃない。だけど動かなければいけない気がするんだ」  隣の椅子に座っていたデイルが、引き止めるみたいに肩を掴んできて、ユーリは苦笑する。  それでなくとも、関わらないでほしいと最近言われたばかりだ。とはいえ誘いだとしても向こうが動きを見せたのならば、見過ごすわけにはいかない。  ミハエルはまず隙を見せる真似をしないため、いくら待とうが状況は変わらないだろう。 「俺たちが行ったところで駄目ですよね、きっと」 「フィズネス公爵はユーリィさまを誘い出したいのでしょうね」 「ちっ、粘着質野郎が」 「デイル――言葉に気をつけろ」  ぼそっと低い声で呟かれた言葉に、ユーリは咳払いをしてたしなめる。 「いや、ユーリィさま。そうは言っても肖像画に一目惚れして、似ている皇妃殿下やユーリィさまに固執していたと聞けば、言いたくもなりますって」 「……だとしても、だ」  たまに出るデイルの黒い部分、こちらが素なのだろうかとユーリは疑問に思う。  ディアランは温和で穏健だったと聞いたので、時を経てこうなったのか。 (大事なものを失い続けると心がすり減る。優しいばかりじゃいられないだろうな) 「そういえば、公爵は未来の記憶、持っているのでしょうかね」 「そこは僕にもよくわからないんだ。デイルはどう思う?」 「推測ですが、あると思います。私がここまで未来を変えてきているのに、病が流行り始めている。道がそれているのに未来への道を進もうとする辺りが、怪しいです」 「やっぱりデイルが過去から軌道修正をしてきたんだな。道理で僕の周りばかりが変わっていると思った」  きっとそうなのだろうと予想をしていたけれど、直接本人の口から聞くと納得がいく。 「だけどなぜ魔法使いではなく、騎士になったんだ? こう言ってはなんだけど。未来のデイルはほっそりしていて」 「痩せぎすで不健康でしたでしょう? あなたを守る力もなかった。私が未来の記憶を思い出したのは、親に売られる直前でした。未来ではわずかに魔力があったため、はした金で男爵家に売られ、魔法局に入りました。下っ端でも給料がいいんです」 (デイルの昔話を聞くのは、初めてだったな。綺麗なピンク色の瞳を厭っていたのは、親に売られる原因だったからか)  少し俯きがちになったデイルの表情からは、様々な苦悩が見え隠れしている。 「記憶が戻って気づいたのは、自分の髪色でした。黒かった髪が魔力の豊富さを表す色に変わっていた。未来よりももっと高値でどこかに売られる。ならば売られる先は自分で選ぼうと、アビリゲイト侯爵家の門を叩きました」 「アビリゲイト家は代々騎士の家系だったな。侯爵も騎士団長だ。髪色が違うのはドラゴンの恩恵だったんだな」  ドラゴンは時間を巻き戻しただけでなく、デイルに自身の魔力を分け与えた。  もしかしたらデイルに対しても、未来を変えてくれる期待を持っていたのかもしれない。 「私はユーリさまを守る力が欲しかったのです。魔力があるだけでは駄目だと、身も心も鍛えなければと侯爵の力を借りました。その分だけ、自分の持つ知識を侯爵へ伝えましたが」  ぎゅっと両手を握るデイルから強い意志が感じ取れた。彼が騎士としてユーリ付きになったのは十八歳だ。  成人してすぐの少年の歳。  侯爵子息であり、従兄弟なので、幼い頃から近くにいた記憶はあるが、騎士となるのは並大抵の努力ではないはず。アビリゲイト侯爵はとても厳しい人物なのだ。 「アビリゲイト侯爵は母上の兄。そこからの繋がりで、のちに父上まで話が行き、魔法騎士団が設立され、魔法局が脚光を浴びたのだな」  道筋を知ると実にわかりやすい流れだ。となればアビリゲイト侯爵は未来を知っていて、あえて黙っているのだろう。一人の少年の言葉だけでは計り知れない事柄である。  国の混乱を避けるために確証が必要だと判断した。  きっといまごろはルカリオから話が通っているかもしれない。事実であったと納得してくれているはずだ。 (親に売られる、か。貧困に喘ぐ平民はやはり少なくないのだな)  国は領地の状況を完全に把握しているわけではない。大半は領主からの報告が基準になる。 「サイラス、昔は黒だったのか。印象が違うだろうな」 「そうですね。でしたらフィズネス公爵はサイラスの存在に気づいていない?」 「訝しく思っているだろうが。まだ確証は持っていないはずだ」 「……デイルは、いまと昔、印象も性格もだいぶ違うものな」  三人の言葉にぽつんとユーリが呟くと、デイルは苦い顔をし、ライとフィンはクスッと顔を見合わせて笑った。 「ユーリさまはどちらの私がよろしいですか?」 「え? 考えたこともないな。だってどちらもデイルだろう? 僕は気づかないうちに……ってこんな話、ここでする必要ないだろ!」  気づくと、ライとフィンに初々しいと言わんばかりの眼差しを向けられていた。  慌てて言葉を打ち消し、ユーリはムッとしながらデイルを見上げる。すると彼はからかいの色を瞳に浮かべ、笑っていた。  その表情を目に留めた途端、ユーリは顔の熱がひどく上昇した。 「ま、まず、僕は動こうと思う。立場を考えると軽率だけれど、それしかない。叔父上の目的がまったく見えてこないんだ。帝位が欲しいのはわかる。だとしても簒奪して、のし上がったあとのことを考えていない、なんてありえない」  帝国は代々、穏健派が治めていると言っていい。  ディアランの魔力に残された意志が、健全なる魂を持った人間を選んでいる。 「叔父上はドラゴンによる継承を、信じていないのかもしれないな」 「ドラゴンの存在自体、信じていなかったのではないでしょうか」 「デイルの言うとおりだ。きっと自分が選ばれなかったのはなにかの間違いだ、とでも思っていそうな気がする。だから無茶をする。だけど――もしいま記憶が残っているなら、何者かが干渉していると気づいていてもおかしくない」 「だからと言って、あの男は身を引く性格ではありませんよ」  もしも無理やりにミハエルが帝位に就いたら、ドラゴンは土地の加護を取り上げてしまうだろう。王国であった土地はさほど大きくないと、ユーリは歴史の書で知った。  国に満ちている魔力も、取り上げられてしまうかもしれない。  思わずテーブルに肘をつき、ユーリは両手で顔を覆ってしまった。 「ユーリさま、あんな男を心配なさっているんですか?」 「叔父上を心配というか、ドラゴンの加護を失ったあとの国が心配だ」 「確かに、彼はユーリアの望みしか叶えませんからね」 「うん」  デイルの望みを聞いて時を戻したのも、友であるユーリアの魂を持つ、ユーリを正しい未来へ戻すためだ。 (シノスは孤独だったのかな。だから同じ色を持つユーリアと出会い、生涯の友とした。いまもシノス村を加護して、傍に置いているのも寂しさゆえだとしたら、なんだか悲しい。やはりもう一度、会いに行く必要があるかな)  その前にミハエルと対峙しなくてはと、ユーリは気を引き締めた。

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