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第5話『静寂の交わり』

「わかり……ました……」力なく返事をするしかなかったソラに対して、雨宮さんは満足そうに微笑みながらこう言った。 「よろしい。では契約成立ですね」菅本さんの言葉を聞いて絶望するソラだった。(売られた…)未だ受け入れきれない現実に泣きそうになるも、必死で堪えるしかなかった。(こんな処で泣くもんか)そんなソラの様子に気付いたのか菅本さんは慰めるように言う。 「大丈夫ですよ。何も心配いりませんからね」耳元で囁かれた言葉に(それはどう言う意味で?)と訊きたかったが、怖くて訊けなかった。それから少ししてテーブル席に見知らぬ男性が現れた。男性はコチラに気付くと真っ直ぐにソラの方へ向かってくる。(ま、まさか……)嫌な予感は的中するもので男性は人当たりの良い笑顔で声をかけてくる。 「ごめんね。すっごい待たせちゃったよね?」 「いえ、こちらこそ突然訪ねてしまってすいません」謝ると男性は気にした様子もなく「構わないよ」と答えた。(よかった。この人優しそうな人だ)ホッと胸を撫で下ろすが安心するにはまだ早いと思い直し気を引き締める。 「えっと、紹介しますね。こちらここの会員制クラブの店長である綺羅さんです」 「初めてまして、オレの名前は綺羅 玲って言います。一様この店の店長兼マネージャーね。ヨロシク」 「よ、よろしくお願いします」緊張して固くなっているソラに対して優しく微笑みかけてくる綺羅さん。その笑顔に少しドキッとした。(イケメンの笑顔ってやっぱり破壊力あるな…) 「ソラ君は確か高校生だよね?今年で何年生?」 「はい、今年で2年生になります」 「え!マジで!」驚いた様子の綺羅さんに戸惑い、何故そこまで驚くのか疑問に思うと彼は慌てて否定し始める。 「あ、違う違う、別に変な意味じゃなくてね!ただオレの知り合いと同じ2年生なんだなぁーって思った、だけなんだから安心してね!」必死に弁解する綺羅さんを見てクスッと笑ってしまった。それが照れ隠しだと気付いたのはすぐ後だった。それから色々と説明を受け、最後に一つだけ質問することにした。 「あの、一つ聞いてもいいですか?」 「ん?何だい?」 「えっと、この会員制クラブって一体どういう所なんですか」此の方この歳までクラブなんて店に入ったことは無いし、そもそもこんなきらびやかなお店自体入ったことが無かったソラは、純粋に気になっていた。すると綺羅さんは少し考える素振りを見せつつ答えてくれた。 「そうだねぇー説明難しいんだけど、簡単に言うと大人の社交場かな」 「大人の?」 「そっ、大人が楽しむ場所。お酒や料理も美味しいしそれに綺麗なお兄さんもいるから楽しいよ」 「……へぇーそうなんですか」綺羅さんの説明を聞いて一切興味が沸かないのは、自分がおかしいからだろうか?今までクラブという物には縁がなかったし、何より綺麗な女性や男性にも興味は無かった。 「じゃあ早速ソラ君、体験してみない?」 「えっ?!でも…」 「きっとソラ君ならきっと楽しめるよ」綺羅さんはそう言うとニッコリ微笑む。しかしソラは少し不安になり、隣に座って居る雨宮さんに視線を向けると、菅本さんも微笑んでくれた。 「わかり……ました……」力なく返事をするしかなかったソラに対して、雨宮さんは満足そうに微笑みを深めた。 不安な気持ちのまま、綺羅さんに付いて行くと何故か裏方の方へと通された。(ここは?)気になり辺りをキョロキョロと見渡す。通された部屋へと入ってみると、数人の男性がおり、そのうちの1人の男性が此方へと近付いて来た。 「綺羅さん、その子が例の?」 「そう、名前はソラ君。とりあえず、指名が入るまでは瀧のヘルプでヨロシク」 『はいはい、了解で~す』そう言うと瀧と言う男性はソラの目の前に来ると手を差し出した。 「えっ?」思わず首を傾げると瀧は優しく微笑むとまた手をソラの前に出した。どうやら手を握れということらしい。戸惑いながらも恐る恐る手を握る。すると瀧はソラの頭を撫でながら自己紹介を始めた。 「初めましてソラ、瀧だ」 「よ、宜しくお願いします」無愛想な自分にも変わらず接してくれる瀧に、思わず顔を引きつらせるが何とか笑みを返すことに成功する。 「さ、お互いの自己紹介も終わったし、もうそろそろで開店時間だから、ソラ君は瀧のヘルプで付いて来てね」そう言って綺羅さんは部屋を出て行った。 「じゃあ行こうか」瀧はそう言うとソラの手を引き歩き出す。 「あのっ、何処に行くんですか?」 「あぁ、まずはこのお店のルールを説明しておこうと思ってね」そう言って瀧は店の中を歩きながら説明をしてくれた。まずこの店では会員制の為か客層がかなり良いらしく、他の店より客層がかなり良いらしい。そして何よりもこのクラブでは、会員になる為にはそれなりにお金を支払わなければならい。その為、皆かなりのお金を持っており、従業員にも無理な要求はしないらしい。そして瀧は一通り説明を終えると一つの部屋の前で止まった。 「ソラは今日が初めてだからまだお酒とか飲めないからね」そう言って扉を開けるとそこは更衣室だった。瀧はソラの服を脱ぐように言うと、そして代わりに渡された物は、ネイビー色のスーツだった。 「こ、これは?」 「とりあえず今日はそれを着て」瀧に笑顔で言われてしまった為仕方なく着ることにするが、やはり少し気恥しい。 「似合っているよ」そう言ってソラのスーツ姿を見て微笑んでくれる瀧を見ていると、何だか不思議と笑みが溢れてしまう。しかしこんな物を着て一体どうするのだろうか?という疑問が頭に浮かぶと同時に綺羅さんの言葉が頭に浮かんだ。(もしかして……)嫌な予感を振り切る様に頭を振り辺りを見回すと瀧は再度ソラの手を取ると、そのまま更衣室から出た。 「えっ?瀧さん!ちょっと?」 何と言って良いのか判らず手を引かれるがままに付いていくと、瀧はさっきの大広間にきた。(さっきも見たけど、こう改めて見ると凄いこの部屋…)ソラの視界には絢爛豪華な空間が広がっており、天井から吊り下げられたシャンデリアの光が床一面に敷かれた絨毯に映えていた。 そして大広間の中心には円形のステージがあり、その上では従業員と思われる女性が演奏をしていた。 「ソラもようこそ。大人の世界へ」瀧はそう言ってソラの手を引くと、ステージの前にあるソファに座るように促した。 「あ、あのこれって一体?」突然の出来事に混乱して周りを見てしまうソラだったが、そんな様子を気にすることなく瀧は続けた。 「ここはクラブと言っても基本的には食事を楽しむ場所だからね。そういう場所で客を楽しませたり楽しませるのがオレ達の仕事。ソラもこれから一緒に此処で働くんだからちゃんとやり方学べよ?」そう言って微笑む瀧を見てソラは嬉しさと不安が混ざった気持ちになっていた。(どうしょ…僕に出来るだろうか) 「よ、宜しくお願いします…」そういうと瀧は笑いながらメニュー表を見せてくれた。そしてまた話を続けようとした瞬間、横から声が掛かった。 「お待たせ致しました」見ると綺羅さんが立っていた。そして手慣れた手つきでソラの前に食事を並べていく。『それでは楽しんでね』そういうと綺羅さんは他のテーブルに行ってしまったので、仕方なく目の前の料理を食べることにしたのだが、そのどれもがとても美味しくて驚いた。(こんな美味しい物初めて食べたかも)あまりの美味しさに思わず夢中になる。すると、隣座っていた瀧が珍しそうにじっと見つめていることに気づくと、ソラは手を止めた。 「あ、あの何か変ですか?」不安になって瀧に聞く。 「いや、そういう訳じゃなくてさ」少し間を置いてから瀧は口を開いた。 「ただソラがそんなに美味しそうに食ってるから可愛いな…って」そう言って微笑む瀧を見てソラは顔が赤くなっていくのを感じた。(イケメンの破壊力⁉) 「そっそれはその……こんな美味しい料理初めてで……」と言い訳をするように答えていると、向こう側から黒服さんがやってきた。 「瀧、指名が入った」と瀧を手招きして呼ぶ。 「あ、はい今行きます。悪いソラ少し席外すわ。……ゆっくり味わって食べていいぜ」そう言って立ち上がる瀧だったが、何処か残念そうな表情をしているように見えた。(指名?) ソラが気になったのはその部分だった。指名ということは誰かに呼ばれているということなのだろうけれど、一体誰に呼ばれたというのだろう?気になりつつもその答えは直ぐに分かることになる。 暫く待っていると1人の男性がやってきたのが見えた。年は多分20代前半くらいだろうか?背が高く細身で清潔感のある顔立ちをしていた。服装もスーツではなくカジュアルな装いなので恐らくここのスタッフではないはずだ。(綺麗な人だな…)気になり見惚れていると、その男性はあろう事かソラの方へ来ると一言 「ご一緒しても?」と訪ねられた。 ソラもよく分からず断る理由も無かった為、快く承諾すると男性はニッコリ微笑んで隣の席に腰を下ろした。 「はじめまして、四宮って言います。よろしくね」そう言って手を差し出してくるので、恐る恐る握り返すと嬉しそうに微笑んでくれた。(綺麗な人が笑うと絵になるな…) 「えっと四宮さん?」ソラは緊張しながら聞き返した。すると優しげに微笑むと今度はメニュー表を取り出すと飲み物を注文してくれたのでお礼を言って受け取った。それから少しの間雑談が続いたのだが、その中で彼がこの店に来たのは初めてだという事や、ソラより6歳も上だということなどを教えてもらい少しづつ打ち解けていくうちに緊張も解れてきた。 「本当に初めてなんですか?」突然聞いてきたので思わず聞き返してしまった。四宮さんはクスリと笑いながら答えてくれた。 「本当よ?だってこんなお店"興味が無かった"もの」その言葉に嘘は無さそうに見えたが何故かそれ以上聞くことが出来なかった。その後は普通に世間話や趣味の話などで盛り上がっていると黒服さんが慌ててやって来た。 「し、失礼致します、お客様。このスタッフは本日が初めてでして、本来瀧というキャストに付くはずでした。他のスタッフが対応しますので、どうかお引き取りを」 「え?そうなの?」四宮さんは驚いた様子でソラを見た。しかし直ぐにニッコリ微笑むとまた黒服さんの方に向き直った。 「でも私はこの子が良いんだけど……ダメだろうか?」 「いえ、そういう訳では無くてですね……」 「じゃあ良いよね?もしアレなら、指名料も摂って構わない」そう言って手を取りながら言う四宮さんに困り果てた様子の黒服の人だったが、結局折れて引き下がってしまったようだ。 「四宮さん?何故僕なんかを?」そう聞くと、少し悲しそうな表情を浮かべると一言呟いた。 「君をひと目見て気に入ったからだよ。それに、実際話してみたら良い子で気に入ったからさ」 「それよりその敬語辞めない?私達もう友達だよ?」そう言って微笑む四宮さんを見てソラも自然と笑みが溢れてくるのを感じた。それから暫く2人で楽しく会話をしていると突然部屋の電気が消えたかと思うとステージ上にライトが集まり始めた。そして音楽が流れ始めると同時に踊り子の様な服装をした従業員たちがステージ上に現れてパフォーマンスを始めた。それを見たソラは目を輝かせると「わぁー凄い!」と言いながら子供のようにはしゃいでいた。その様子を見て四宮さんはクスリと笑われた事に気づき慌てて姿勢を正した。(しかしこの顔…何処かで見た事ある様な…)そんな事を思っているうちに曲は終わりを迎え次の曲が始まったのだが、その途端周りから黄色い歓声が上がった。見るとステージ上には先程とは違う衣装を着た女性達がおり、その内の1人がソラ達の方を見て手を振っている。 「あれってもしかして……」(僕らに振ってる?)そう呟いた時、突然四宮さんに手を握られたかと思うと強引に引っ張られて立ち上がらされた。 「え?あのっ!?」戸惑うソラに構わずそのまま手を引くようにして客の間を掻い潜りながら走っていく四宮さん。ソラも混乱しつつも手を引かれるままに付いて行く事しか出来なかった。 「あ、あのっ!ちょ、ちょっと待っ」何とか静止しようとするが、そんな声を無視して進んでいく四宮さん。彼の目的が今ひとつ分からないうちに、細い通路を抜けるとそのまま部屋へと連れていかれた。ソラは混乱しながらもなんとか質問しようと口を開くが、それを遮って四宮さんはソラの肩に手を置くと、真剣な眼差しで見つめてきた。その迫力に押されて何も言えずにいると、彼はゆっくりと口を開いた。 「君は"ソラ君"だよね?」その問いに少しの違和感を抱きつつも、小さく頷く。それを見た四宮さんは安心した様子で微笑み返すと、ソラの手を引いて更に奥へと進んで行く。そうして連れてこられた場所は所謂VIPルームと言われる部屋であり、ソファーやテーブルなどが高級そうな物で揃えられていたが、何よりも目を引いたのは巨大なガラス張りの壁の向こうに見える夜景であった。ソラはその光景に思わず息を呑んで見た。(何これ…)ソラの視界には、上半身裸の若い男性が、腰をくねらせ踊っていた。そしてそれを凝視する客らしき男性たちは皆一様に、恍惚とした表情を浮かべていた。(こんなことって…)強張る表現のソラに、四宮さんは耳元に顔を近づけると囁くように言った。 「コレがこの店の闇です」そう言った途端、背筋に冷たいものが走るのを感じた。(この店の闇?) 「あの、どういうことですか?」そう聞くと四宮さんはソラの目を見つめながら言った。 「この店は表向きには"会員制高級クラブ"として営業しているけれど、裏ではこういうショーが見れるんです」そう言って再びステージに目を向けるとそこには先程の男性の他にもう1人別の男性がいた。その男性は上半身裸ではあるものの下には短パンを穿いているので局部は見えないものの、それでもかなり際どい衣装である。 「あの男性はこの店に借金があってね、その返済の為にここで働いているんだ」そう言って四宮さんはステージ上の2人を顎で示した。 「そして客は、このショーを見て楽しむのさ。まぁ中にはただヤりたいだけの奴もいるけどね」そう言うと四宮さんはソラの手を引きながら部屋の中央へと歩いて行った。そしてそこで立ち止まると再び口を開いた。 「このままではいずれ、君もあそこに立つ事になるよ」突然の告白に驚くソラだったが、彼は気にせず続けた。 「だってそうでしょう?こんな仕事続けてもいつか絶対に後悔する事になる」そう言って悲しげに微笑む四宮さんに、ソラは何も言えなかった。(分かってる、そんな事…。でも僕にはもう……) 「だから私は君をココから救い出したい」そう言い終わると同時にステージ上にいた男性のズボンが下ろされてしまう。するとそこには男性器が現れたのだが、その大きさは異常なモノだった。ソラは咄嗟に視線を逸らしたが、四宮さんは構わず話を続けた。 「無理強いはしません。けど、チャンスは今しか無い」真剣な目で訴えかける四宮さん。その瞳からは並々ならぬ覚悟を感じ取ることができた。しかし一方で、ソラの心は揺れ動いていた。(でも此処でこの人の手を取れば……)『迷惑が掛かるかも』そう思いながらも脳裏に浮かぶのは、あの光景だった。「でも僕は……もう……」 「大丈夫、私が付いていますから」そう言って微笑む四宮さんに、思わずドキッとしてしまう。(大丈夫……?)そして次の瞬間にはソラは無意識に頷いていたのだった。四宮さんは嬉しそうに微笑むとソラの肩に手を置いた。 「では、行きましょうか」そう言って歩き始める四宮さんに手を引かれるまま付いていくとやがて部屋の出口まで辿り着いた。そして扉を開ける直前で立ち止まり振り返ると言った。「これから宜しくお願いしますね?ソラ君」その言葉に、思わずドキッとするソラだったが慌てて首を振ると、こう返したのだった。 「こちらこそ!よろしくお願いします」こうして2人は新たな一歩を踏み出したのである。しかしこの時はまだ知る由も無かった、この先に待ち受ける運命がどれほど過酷なものなのかという事を───…。

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