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2.湧き上がる熱

 昼食を終えて、またすっぽりとグラキエの腕の中に収まった頃。 「……あ、あの、キーエ……お願いが、その」  食事を摂りながら考えていた事を、恐る恐る口にした。  こんな事を頼んで良いのか最後まで葛藤していたけれど、グラキエにお願いするのが一番良いだろうという結論はずっと変わらなかったから。 「どうした?」 「あの、研究所の資料……借りてきて欲しいのがあって……」  少しの間を置いて、グラキエの甘い声音はえ?と困惑したような声に変じた。無理もない。この雰囲気で頼むような事ではないから。  けれど多分、今日はもうお願いをするタイミングが無い気がする。いつもと違うのだ。苦しくはないけれどグラキエに触れたくて仕方がない。  ……次に押し倒されたら、きっと理性が溶けてしまう。 「ええと、どんな資料だ?」 「これ……」  教本をサイドテーブルから取ってきて、最後に見ていたページを開いた。出典の部分をじっと見つめて、ああ、と小さく呟く声が聞こえる。 「これなら部屋にあるな。早速取ってくる」 「え。あっ、や……っ」  膝から下ろされそうになって、ラズリウは反射的にグラキエに抱きついた。    いなくなってしまう。    そう勘違いしたした頭が、番を帰すまいと力一杯しがみついたのだ。頼み事をしておいて離れようとしないラズリウに戸惑ったのか、どこか遠慮がちに背中を軽くさすってくる。 「リィウ?」 「ごっ、ごめん……その」  はっと我に返って、慌てて身を離す。  たたでさえ時間を割いてくれている手前、困らせないようにしようと思っていたのに。体が全く言うことを聞かない。ヒートになっているせいなのか、瞬間的な衝動を上手く押さえられない。  恥ずかしさで頬が火照るラズリウをじっと覗き込む金の瞳。白い手が朱い頬をそっと包む。 「……資料は明日でも?」 「っ……うん……」  視線を合わせたまま、ぐらりと視界が傾いでいった。天蓋を背に微笑む顔が近付いてきて、唇が重なって。  じゃれ合いながら身体を重ねて過ごす内、いつの間にか外れた首輪がかしゃんと床に落ちていった。  ああ落ちてしまったと、認識はした。  いつの間にか夜に――首輪を留める魔法が解ける時間になってしまったのだと。  その瞬間、ぶわりと全身から突き上げるような衝動が駆け上がってくる。触れられていた所がずくずくと疼いて、熱い。  段々と息が上がってきて、縋る様にグラキエを見つめる。けれど目の前の身体は固まってしまったかの様に動かない。ただただ荒い吐息を吐く口元に触れると、金色の瞳が潤んでぶわりと熱を帯びた。 「っ、あ……リ、ィウ……ッ」  絞り出すような声と共に、がばりと再び覆い被さってきた身体。先程までの愛でるような愛撫とは打って変わって、服の下へ無遠慮に入り込んできた手はラズリウのあちこちをまさぐってくる。 「ン、っ……キーエ……っ……!」  首筋に触れる吐息は酷く荒くて、熱い。いつの間にか上衣を脱ぎ去ったグラキエの肌が、布地を捲り上げられて露になったラズリウの肌に重なって激しく揺さぶられる。  いつも恐る恐る触れてくるグラキエとは思えない程の大胆さだ。熱に浮かされた様にリィウ、リィウと苦しげな声が耳に流し込まれている。  恐らくラズリウに欲情しているのだろう。そしてそれはきっと、外れた首輪が抑えていたフェロモンのせい。     ……あまり、抱かれるのは好きではない。  交合訓練の時はうっかり相手に惹かれてしまうほど優しくされていたけれど、褒賞として相手をした時は殆どと言って良いほど乱雑だった。見た目は多少女性に寄せられても、服の下を暴かれれば所詮男の身体。彼らが丁寧に扱う価値などなかったから。  違うと分かっているのに。ラズリウの上で蠢くグラキエに一瞬だけ離宮での出来事が重なって、身が僅かに固くなった。   「リィ、ウ……っごめん……っ」  切羽詰まった様な声に、はっと我に返る。欲にまみれた金色の瞳がラズリウを見つめていた。けれど苦しげに眉根を寄せて、どこか泣きそうな表情で。 「キーエ……」  戸惑っている。  肌を擦り付けながら、何かに突き動かされながら。そんな自分が止められなくて困惑しているのかもしれない。フェロモンで抑えが利かなくなるなんて、普通にしていればΩくらいしか体験しないだろうから。  恐る恐る、自分を覆う白い身体を抱きしめた。グラキエの匂いに包まれて、一緒にシーツの上で揺れて、固くなっている下半身の感触が興奮を訴えてくる。 「っ、は……ッ、ぐ……」  抑え込むような、苦しげな声。どこか縋る様にきつく抱きしめられた。  ……どうして重ねてしまったんだろう。あの連中とは全然違うのに。  そっと自分を閉じ込める身体を撫でると、は、とひとつ息がグラキエの口からこぼれる。あつい。溶けてひとつになってしまいそうなくらいに。 「キーエ、きて」 「リィ、ウ……?」 「……最、後まで……したい」  ゆっくり腰を擦り付けると、びくりと白い身体が跳ねた。  ラズリウを見つめる真っ赤な顔はぱくぱくと唇が開いたり閉じたりを繰り返している。一瞬刺激が強すぎただろうかと考えてしまったけれど、固まったり気絶してしまったりすることはなく。  するりとその手がラズリウの下着の中に潜り込んできて、蜜で濡れた部分をまさぐり始めた。やがて出所を探り当てたその指はつぷんと中に入り込んできて。何度も出入りするそれは探索するようにラズリウの中を動き回って、時々内壁をこする。  けれどそっと撫でるような動きに、段々とじれったさが腹の中に積もっていく。 「んん、っ……きー、え……」  はやく。  そう言いかけて自分で驚いた。さっきまで過去の相手と重ねて怖じ気づいていたくせに、あまりにも変わり身が早すぎて。   今度はラズリウが戸惑っている間に、グラキエの指が抜き取られた。下半身を露にされて、そこに固い何かが押し当てられる。   ……それが何かなんて、考えるまでもない。  ちらりと金色の瞳がラズリウを見た。はっきりと欲望にまみれているのに、何処か戸惑うような視線。その姿に心臓なのか鳩尾なのか、体の奥深くがきゅうっと少し苦しくなる。  こくんとひとつ頷くと、白い喉仏がこくりと上下に動いた。    衣擦れの音と、皮膚がぶつかる音。情事の音が籠る天蓋の中で、グラキエの荒い吐息と低く唸る様な声がラズリウに降り注いでいる。  「っ、んっ……きぃ、え、き、ぃぇ……っ」  腹の中に収めたグラキエの印に奥深くを突き上げられ、たまらずに抱きついた。腰を打ち付けてくる身体に揺さぶられて、喉の奥から溢れてくる声にならない音を寝台の上に撒き散らしながら。  縺れあったまま二人でゆさゆさと揺れて、喘いで。ラズリウの中で何かが弾け飛びそうになった頃、少しだけ早く腹に在るグラキエが昇り詰めて達したようだった。 「ッ、う……あ、ぁ……っ」  苦しげな、絞り出すような声。けれど顔は何処か恍惚としていて、金の瞳は欲に溺れてとろとろに蕩けている。  その表情を真正面から見せつけられたラズリウは、たったそれだけで一気に残りの階段を昇りきってしまった。苦しい。下半身が欲を吐き出しながら、腹の奥がびくびくと震えている。 「っ、く……リィ、ウ……っ……」  きつく抱きしめられたと思えば、すぐにその腕が緩んだ。ずしりと重みを増すグラキエの体に、きっと限界を超えて気絶してしまったのだろうと頭が結論を出した。  フェロモンというものは恐ろしい。  素面ならそうそう超えてこないであろう一線を、いとも容易く超えさせてしまう。 「……起きたらどんな顔をするんだろう」  また土下座だろうか。それともあの欲望が煮えたぎる瞳を向けられるのだろうか。    どこか仄かな期待を抱きつつ、ラズリウはグラキエの腕を自身の体に巻き付ける。ぎゅうっとぬいぐるみを抱きしめるようにして、その首筋にささやかな跡をつけて。  白い肌に赤く浮かぶ印に湧いてくる満足感を噛み締めながら、そのままゆっくりと瞳を閉じた。

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