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第29話 僕の事。

 あれからも懇切丁寧なお世話を魔王様から受け、ようやく胸の傷もキレイに癒えた。  ベレトからのお墨付きも貰ったし、さあ従者の仕事に復帰をって考えていたのに、魔王様がちっとも僕に仕事をくれない。  今日も働く気満々で魔王様の執務室に行ったら、抱っこされて部屋に強制送還されてしまった。  怪我を負う前は短い期間だけど従者として働いて、その仕事ぶりも褒めて貰えていたし、魔王様の執務室に僕の机も準備してくれるって話も出てたのに。  僕って言うほど役には立ってなかったのかな。それともあっさり人間界に連れ戻されちゃった僕に、大事な仕事を任せることなんてできないって思われた?  ーー働かざる者食うべからずなのに。このままじゃ唯の穀潰しですよ、僕。  行儀悪くベッドに座り枕を抱きかかえる。  ぷっくり頬を膨らませ不貞腐れていたら、コンコンと扉を叩く音がした。  「はぁい!」  枕をポイッと放り投げて、慌てて扉に向かう。カチリと音をたてて扉を開けると、そこに魔王様が立っていた。  「……………」  ポカンと口を開けて、魔王様を見上げる。  何故、ここに?  というか、魔王様が扉を叩くのなんて初めてなんだけど?  いつも突然扉を開いてズカズカ入ってくるけど、今日はどうしたんたろう。  「ーー入ってもいいか?」  不思議な光景に無言で立ち尽くす僕に、魔王様はそっと尋ねてくれた。  「…っあ。あ!ど、どうぞ!!」  はっと我に返って扉を更に開いて、魔王様を招き入れる。彼は長い脚でスタスタと中に入ってきた。  そして一瞬考える素振りを見せると、僕の腰に腕を回してヒョイっと抱き上げてきた。  「ひょっ!?」  変な声が洩れる。  だけど魔王様は特に気にする様子もなく、そのまま窓際のソファへと移動してそこへ座った。  僕の重さなんて感じていないのか、腕に抱えたまま行動できるのが凄い……。  そして僕は、最近の定位置と化している魔王様の膝の上に納まる。  …………可笑しくない?ねぇ可怪しいよね?  でも誰も突っ込んでくれないから、食事中もずっとコレなんだよね……。  まぁ、いいや。深く考えてもムダだし。僕は達観したんだ。  無の表情で魔王様の膝の上に座っていると、この城の使用人である顔も服も真っ黒なヒトが、サッと現れてお茶の準備をしてくれた。 手早くローテーブルの上に並べられる華やかで美しい茶菓子と、芳しいお茶で満たされたカップ。  手早く、でも優雅な仕草で準備してくれているのに、カチリとも音を立てない。素晴らしい!  「ありがとうございます。いつみても素晴らしい手際ですね!」  手放しで讃えると、彼は「いやいや、そんな……」と照れた様子を見せる。顔がないのに、なんて表情が豊かなんだろう。不思議だ。  もっと観察してみようとぐっと身を乗り出すと、すかさず魔王様の腕が腰に絡みつく。  「………………落ちるぞ」  注意を受けて僕がシュッと身を正すのと同時に、真っ黒なヒトはしゅっと顔色を無くしてピュッと逃げていった。  真っ黒なのに顔色がなくなるって凄くない?  感心しながら去っていく彼を見送っていると、魔王様がツンと僕の頬を指で突いた。  「本当にオマエはアイツらが好きだな……」  「はい!大好きです!!」  思わず力一杯肯定してしまう。有能だし謙虚だし、魔王様とお揃いで真っ黒だし動作が可愛いし、好ましい要素しかない。  僕の返事を聞いて、魔王様は凄く複雑な顔になった。  ーー……?魔王様、どうしたんでしょうね?  ちょっと首を傾げて魔王様を見上げる。  僕の視線に気付いた魔王様は軽く首を振ると、テーブルに手を伸ばしてカップを取ると僕に手渡してくれた。  「熱いぞ」  「あ、ありがとうございます」  受け取って、一口啜る。  真っ黒なヒトが淹れてくれるお茶は、凄く美味しいから大好きなんだ。  るんるんと弾んだ気持ちでカップに口を付けていると、魔王様は静かに僕に尋ねてきた。  「あれからオマエの意思は変わらないか?」  「意思?」  何の事?とキョトンと瞬くと、魔王様は微かに笑い僕から視線を逸らした。  「知りたいと言っていただろう?」  その言葉に、僕はその時(・・・)が来たんだ!と気付いた。  傷が癒えて元気になったら話してくれる。そう誓ってくれた魔王様。  「知りたいです。僕自身の事。そして……」  一瞬躊躇する。でも僕は気付いてしまった。それを見ないふりなんてできない。  「人間界の事を。あの世界が変になってる事に、僕が無関係って事はないですよね?」  「そうだな。ああ……そうだ」  魔王様は僕の髪を優しく梳きながら、ため息のように呟いた。  僕が魔王様に助けてもらって人間界を去ったあと。  あちらの世界の事情が一変してしまった事を、さすがの僕も知っていたんだ。

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