10 / 21

初恋

 次の日の朝、バス停で弘樹に会った。俺に気付くと並んでいたのにも関わらず、わざわざ俺の後ろに来てくれた。 「今日も澪来なかったんだね」 「もう気の済むまで怒らせとく事にしたよ」 「うん夏樹らしいね。寂しかったら来週から俺が迎えに行くけど」 「ガキ扱いすんなっての。一人で大丈夫だし」 「でも夏樹を一人にすると心配だよね。いろいろ」 「バスなら平気。電車は一人では乗れないけど」 「良く乗り過ごすもんね」 「なぁ弘樹さ、好きなやついる?」 「え……どうして?」 「ちょっとな。その反応だといるのか?」  昨日寝る前に芽生えた和久井への感情が何なのか気になって、弘樹に聞いてみた。薄々そうなのかと思ってきたけど、まだ分からないしな。  弘樹にしては珍しく驚いていた。てか弘樹って好きなやついたんだ……え、誰?この男前を射止めた凄いやつって誰? 「俺の知ってるやつ?」 「それ以上聞かないで」 「気になるじゃん。澪には黙ってるから教えてよ」 「もう、どうしてそんな事聞いたの?」 「んー、昨日寝る前に和久井と電話してたんだけどさ、何て言うか……楽しかったんだ」 「…………」  俺がそう打ち明けると、真顔になる弘樹。まさか引かれたか?弘樹ならこの話聞いてくれると思ったんだけどな。 「や、やっぱり変だよな!おかしいよな!」 「ううん。変じゃないよ。楽しかったなら良かったじゃん」 「そ、そうか?……実はさ、電話切ったあともずっと和久井の事とか考えちゃって、また声聞きたいなとか、早く会いたいなとか。なぁ、この気持ちって何だと思う?」 「夏樹……それは……」 「それは?」 「恋でしょ」 「恋!」  やっぱりそうなのか。俺ってば和久井の事を……あれ、そうなると澪とますます気まずいじゃん。 「なぁ弘樹、やっぱりダメだよなぁ?友達の好きな人を好きになっちゃ」 「そんな事ないよ。この場合選ぶのは和久井だし、澪の事興味ないって言ってるなら尚更澪は関係ないじゃん」 「そうかなぁ」 「俺は夏樹に幸せになってもらいたいと思うよ。だから誰が何と言おうと夏樹がそうしたいなら応援するよ」 「弘樹ぃ……」  本当に弘樹は泣かせてくれるぜ。他の人には話せないような内容だから不安だったけど、やっぱり弘樹だ。ちゃんと聞いてくれてちゃんと受け止めてくれる。話して良かった。  感動しながら弘樹を見てると、ふわっと笑って言った。 「もし、和久井に泣かされるような事があったらいつでも俺のところにおいで。俺が癒してあげるよ。なんてね」 「うわー、弘樹にそんな事言われたら女子全員敵に回すじゃん!」 「夏樹の敵は俺の敵だから気にする事ないよ」 「あはは、弘樹ってばほんと俺の事が好きだな」 「うん。大好きだよ」 「うーん、やっぱりこういうセリフって照れるな」 「……?」  照れるもんだけど、弘樹には普通に言えた。和久井にはあんなに言いにくかったのに。    学校に着いて弘樹と教室へ行くと、すぐに和久井が近寄って来た。何か緊張する。 「おはよう夏樹!これ数学のノート。授業始まる前に早く写して~」 「お、おは…え?え?」  朝の挨拶もそこそこに、和久井に引っ張られながら席に連れて行かれた。数学の宿題ってそんなに範囲広かったっけ?弘樹は弘樹で自分の席で本を読み始めたみたいだ。 「何でそんな急いでんだよ?しかも今日の数学って午後だろ?」 「善は急げって言うじゃん」  意味不明な事を言ってるけど、写させてもらうから文句を言わずにノートを広げる事に。うわ、和久井の字めっちゃ綺麗。そういや連絡先書いたメモも綺麗だったよな。あれ?なんだ、数行で終わるじゃん。やっぱり範囲はニ、三問だったよな。 「ん?」  最後の問題に差し掛かった時、ある事に気付いて手が止まった。最後の問題と、答えの次の行に何か文字が書いてある。 「今日放課後デートしよ」って書いてあった。  チラッと和久井を見ると、ニコニコしながらこちらを見ていて、目が合うと凄く恥ずかしくなった。 「どうしたのかな夏樹?分からないところでもあった?」 「お前……これ先生に見つかったらどうしてたんだよ」 「その前に消すけど、見つかったら正直に言うよ。間宮くんにラブレター書きましたって」 「ラブレターって!」  ダメだ。ただでさえ昨日の今日で変な感じなのに、和久井にこんな事されたら俺恥ずかしすぎるだろ。俺の反応に、和久井は満足気に笑ってるけど、俺はどう答えたらいいのか分からない。  ラブレターは嬉しい。だけど、意識しちゃうから素直に喜べないっていうか……恋ってこういう事なのか? 「夏樹、返事はー?」 「これを見せたかったから急かしたのか」 「うん。それと高城くんから引き離したかったから」 「弘樹と?」 「窓から見えたんだ。二人が一緒に歩いてるの」  窓の方を指さして笑顔で言うけど、それってヤキモチだよな。可愛いじゃねぇか。  俺なら恥ずかしくて素直に言えない事もサラッと言ってしまう和久井に何だか笑えてきた。 「和久井って変なやつだよな。放課後デートしよっか」 「やった!行きたい所があるんだ。付き合ってね」 「いいぜ」  和久井の行きたい所がどんな所か気になったが、聞かずに楽しみにとっとく事にした。きっと和久井とならどこでも楽しめる気がするから。  実際俺の和久井へ対する気持ちは恋なんだと思う。出会ったばかりでお互いの事も知り尽くしている訳じゃないのに、こんな想いになるのはもう恋としか言いようがないよな。  体育の時間。体操着に着替えて校庭へ向かう途中、澪とすれ違った。一瞬目が合った気がしたけど、お互い何もなかったように通り過ぎた。今日はちゃんと学校に来たんだな。そんな事を考えていると、隣にいた和久井が心配そうに覗き込んできた。 「夏樹、大丈夫?」 「うん、意外と大丈夫」 「なら良かった」 「それよりも今日の体力テストって持久走だろ?それが嫌で嫌で」 「夏樹は運動苦手なの?」 「普通だよ。好きでも嫌いでもない。球技は好きだけど、マラソンとかは苦手」 「夏樹って体力なさそうだもんね」 「和久井は何でも出来そうだよな」 「体育は好きだよ。走るのも好き」 「イケメンで字上手くて、スポーツ得意とかスペック良すぎ。少し分けて」 「あ、俺も苦手な事あるよ。俺には絵心がないみたいで美術はいつも成績良くないんだ」 「そんなの俺もだし。なんなら今度絵書いて勝負する?どっちが下手くそかの勝負な」 「それ面白そうだね。クラスのみんなに投票してもらおうか」 「和久井は普通に絵上手かったってオチで終わりそうだけどな」 「夏樹は俺の事を褒めてくれるけど、俺って何でも出来る訳じゃないよ?絵心ないのは本当だし、夏樹が誰かと居るだけでヤキモチ妬いちゃうのだって自分で嫌なんだよ」 「へー、何で嫌なんだ?」 「だって、下手したら夏樹に嫌われちゃうじゃん。ウザいって思われて、離れていっちゃうかもしれないじゃん」  これは驚いた。いつでもどんな時でも明るくてポジティブな和久井がそんな風に思っていたなんて。でも、和久井の気持ちを知れて今は嬉しい。きっと俺は和久井のこんなところに惹かれているんだな。 「それぐらいで嫌いにならないし、ウザいって思わないし、離れてもいかないから心配するなよ」 「本当に?でもさ、これでもすっごく我慢してる方なんだ。本当は夏樹には誰とも話さないで欲しいぐらい」 「それは……無理だけどな」 「ほらぁ、嫌いになるじゃん」 「和久井だって、誰とも話さないとか出来るか?」 「夏樹が言うなら出来るよ!」  キラキラ笑顔で訴えてくるけど、本当にやりそうで怖いよ。俺はそんなの望んでないけどな、今は和久井のその願いは叶えてやれそうにないな。 「やらなくていいし、俺も普通に他のやつと話すからな」 「うん。仕方ないよね」  俺が言い切ると、見てわかるぐらいしょんぼり肩を落としていた。あー、何か悪い事した気分になるな。和久井には笑っていて欲しいんだよな。 「でも、和久井と一番話して、一番側に居ることはできるから。それで勘弁して」 「うん。それ凄く嬉しい」 「和久井……」  和久井が顔を上げてパァッと明るく笑った瞬間、心が跳ねた。ヤバい。和久井のこの顔好きだ。  見惚れてると、和久井が綺麗な二重の目を細めて近付いてきた。 「ねぇ夏樹……」 「な、何?」 「…………」 「和久井?」  俺の問いに答える事なく黙ったまま顔を近付けて来た。俺の心臓がありえないぐらい脈打ってるのが分かる。もう少しでくっ付くってぐらいまでの距離でやっと和久井が喋った。 「ごめん。我慢できなくて」 「……んっ」  何をされるのか分かったけど、俺は抵抗する事なく受け入れていた。再び和久井が近付いてきてとうとうお互いの唇と唇が触れた。  触れるだけのキス。和久井の唇は一瞬だけ、フワッと触れてすぐに離れていった。これはヤバすぎる。てか俺、和久井とキスしちゃった!  ここで次の授業が始まるチャイムが鳴ってお互いパッと距離をとって離れた。お陰で廊下に人気がなかったのが幸いだ。 「授業始まっちゃったね」 「だな」  キスしてから和久井の顔が見れない。和久井にとっては慣れてる事かもしれないけど、俺にとっては初めての事だ。どんな顔したらいいのか分からない。 「嫌だった?」 「……てか、何でしたんだ?」 「何でって、したかったからだよ」 「誰にでもするのか?」 「しないよ!ちょっと待って、いきなりしてごめんね?でも、誰にでもはしない!夏樹にだけだよ!」  いつになく慌ててる和久井を見て少し安心出来た。そっか。俺にだけか……って、俺にだけ!? 「夏樹じゃなきゃ嫌だもん。夏樹も俺じゃなきゃ嫌でしょ?」 「和久井ってさ、なんつーか」  すげーよな。言葉が上手いっていうか、そう言う事をサラッと言えるのもだけど、言っても相手を嫌な気にさせない話術が凄い。まんまとハマってしまった俺は軽くパニックだ。  とにかく今は和久井の言葉に頷くしかできなかった。 「好きだよ和久井が。俺の初恋だ」 「夏樹っ嬉しい!」  今度はガバッと抱きつかれて更にパニックだ。とにかく、ここは学校だからとまだ残る理性を生かして和久井を軽く離す。それでも嬉しそうに笑う和久井が本当にかっこよくて、可愛いくて。 「和久井、俺どうしよう」 「そうだね。ずっとこうして二人きりで居たいけど、とりあえず体育行こうか」 「そうだった!」  とっくに始まってるであろう体育に出席する為に俺と和久井は走った。  和久井との急展開にまだ頭がボーッとしてるけど、その内慣れるよな。慣れなきゃ困る。  こうして俺のぎこちない初恋は始まった。

ともだちにシェアしよう!