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第50話

 辺りには濃い伽羅の匂いと、それに混ざって控えめな茉莉花の香りも漂っている。  白露が呆然としていると、扉の外から気遣わしげな声がかけられた。 「白露様、入室してよろしいでしょうか?」 「あ、待って! ダメ!」  敷布はくちゃくちゃだし、白露の体はドロドロだ。絶対にダメと言い張ると、白露の部屋に湯桶を運んでくれることになった。  隣室から人の気配が消えるのを待って、そっと足音を立てずに移動した。暖かな湯気が立ちのぼる桶で手拭いを絞り、身体を拭きながら考える。 (琉麒……また我慢させちゃったんだろうなあ)  次は白露からしてあげようとか、子守唄で寝かせてあげなくちゃとか色々考えていたのに、どうも上手くいかない。  ここは里で暮らしていた環境とは違いすぎて、なにをするにしても勝手が違う。少しずつ慣れていくしかないのはわかっているけれど、どうしても足元が落ち着かない。  この後追いかけて彼に会いにいこうかと考えた時に、身体の異変に気づいた。 「……ん」  なんだか怠い気がする。風邪を引きそうになっているせいかもしれないと思い、急いで体を拭いて寝衣を身につけた。  琉麒に甘噛みされたところが熱く感じて、手のひらで押さえながら寝台に横になる。さっき気をやったばかりだというのに、下腹部が疼くような心地がした。 (なんだろう……発情期が近いのかな)  そうだったらいいなと願いながら、無理矢理目を閉じる。疲れていた白露はすぐに寝入ってしまった。茉莉花の匂いだけが、部屋の中に満ちていた。 *****  次の日の朝も琉麒は部屋に帰っていなかったようだ。会いにいきたいけれど、仕事の邪魔はしたくない。  発情期が来たんじゃないかと期待したが、朝起きた時にムラムラしたりしなかったし体の怠さも治まっていた。ガッカリした気分を誤魔化すようにして、白露は勉強に打ち込んだ。  午前中に書物と睨めっこしていたせいか、目の奥がジンジン痛む。魅音から午後は息抜きをしたらどうですかと提案されたので、竹林に向かうことにした。 (そうだ。竹皿が確か、まだ一枚余っていたような)  荷物の底をごそごそと漁り、竹皿を引っ張りだす。宇天に会えたらいろいろ教えてもらえたお礼に受けとってほしいと思い、持っていくことにした。

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