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「亡くなられたのか……」 「……うん。ただの風邪だって言ってたのに、どんどん痩せてって。ちょっと昼寝するって寝たきり、そのまま起きなかった」 「……そう……それは、……残念だったね」  壱弥の腕にそっと手を置くと、彼は小さく頷いた。そして腕を伸ばし、床から北欧神話の本を取る。 「響、俺もベッド入っていい?」  壱弥は響の返事を待たずにベッドに乗り上げ、壁際に座った。  その足の間に響も座らされ、壱弥の身体に寄り掛かるよう腰を抱かれる。 「この本は、もう何回読んだか分かんないな」  後ろから響を抱え込むようにして、壱弥が本を広げた。  ちゃっかり読書する体勢に組み込まれながら、それでも響は抵抗しない。する気も起きなかった。  背中に感じる体温や身体の感触、壱弥の匂い、鼓動の早さや声の質まで。  この男は響のためだけに作られたと錯覚するほどに、ぴたりと心地が良い。  リラックスした身体を壱弥に預け、ページを捲る音を聞いていた。  本は外側同様、中身もかなり傷んでいたが、破れたページをテープで直してあったり、裂けそうな繋ぎ目は補強されていたりと、大切にしているものなのだと分かる。  「それじゃ響に、俺の一番お気に入りの神様を紹介するよ」  お気に入りの神様を紹介する、という表現がおかしくてふふっと笑う。  壱弥が開いたページには、挿絵があった。  大きな瞳に長い睫毛、高い鼻梁。少年と青年の間のような美しい男の名は『Baldr(バルドル)』。美と光の神と書かれている。 「アース神族の一員で、オーディンとフリッグの息子……ああ、オーディンは聞いたことあるな。知恵の神だっけ?」  文章を引用しながら尋ねる響に、壱弥が頷く。 「そう。オーディンは知恵と戦いの神で、アース神族の最高神だよ。その息子のバルドルは、アース神族の中でも特別に美しくて、善良な存在」 「壱弥のお気に入り?」 「うん。バルドル、響みたいだから」 「……それは、なんていうか。身に余る光栄」  肩をすくめると、壱弥が腰に回した腕の力を強くする。 「響は本当に綺麗だから。美しくて、キラキラしてて……いつも、いい匂いがするし」  壱弥が鼻を耳元にすり寄せるから、くすぐったさに身を捩った。 「お前、俺の香水好きだよな」 「……うん。そう、……香水も、好きだけど。……なんか……響……」  壱弥の指が首筋に伸びる。   (うなじ)の辺り、カラー越し温かな柔らかさを感じ、それが壱弥の唇の感触だと気付いた。 「今日はいつもよりもっと……甘くて、いい匂い……」 「……壱弥?」  低く囁くような壱弥の声に、響が振り返ろうとした時。 「おい響、ヒートの予定日ってまだ結構先じゃ――」  再び部屋の扉が開き、今度は悪友が顔を覗かせた。   「……あー、今からヤる?途中?事後?かまわないよ。続けてくれ。俺はまた出直してくるから」 「……不要なお気遣いどうも」  大袈裟に驚いた顔を作る英司をひと睨みし、響は肩ごしに壱弥を見る。 「英司にヒートの連絡してくれたんだ?」 「……うん。昨日の夜、響が寝た後に」  答える壱弥は普段通りで、響はなぜかほっと息を吐いた。  シャワー行ってくる、と壱弥の腕から抜け出す響に、英司が「事後だったか」と笑う。  ニヤニヤしている英司の肩を叩いて、シャワールームへ向かった。  落ち着いたと思った鼓動が、また早くなっている気がする。本来ならヒート真っ只中のはずだ。一晩でまるでスッキリとはいかないだろう。  一応、抑制剤を飲んでおこうかと思いながら、熱いシャワーを全身に浴びた。  

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